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ベアテの贈り物

いやあ、しまった、しまった。
ドキュメンタリー映画『ベアテの贈り物』を見るために野村胡堂・あらえびす記念館(紫波町)へ行ったら、なんと財布を忘れて持ってこなかった。幸いロビーに野村晴一館長がいらしたので事情を話し、1000円貸していただいた(後日、拙著を添えてお返しした)。

見応えのある、いい映画だった。
高名なピアニストの娘ベアテ・シロタ・ゴードンは、戦後、新憲法の草案委員会に参加した唯一の女性。映画は、野村胡堂・あらえびす記念館で行なわれたベアテさんの講演を基調に、我が国フェミニズム運動の流れを追った秀作。

ベアテさんは↓こういう方です。

http://www.kashiwashobo.co.jp/new_web/info/beate/beate.html

憲法「改正」(「改悪」)が進行しつつある。その大きな根拠のひとつとして「押しつけられた憲法」という主張がある。
このドキュメンタリー映画のなかでベアテさんは「日本国憲法は誰がつくったのか--人類の叡知がつくった」と語る。
いい言葉だ。アメリカの押しつけ憲法だと主張する人々もこの言葉に謙虚に耳を傾けてほしい。

藤原智子監督のインタビュー↓はこちら。

http://www.mainichi-msn.co.jp/geinou/cinema/cinecom/


ベアテさんのお父上レオ・シロタは、ロシア生まれのユダヤ人ピアニスト。少年時代、パデレフスキーに才能を認められウィーンへ留学。ブゾーニに師事し大きな影響を受けたシロタは、ブゾーニ派ピアニストへと成長する。ウィーンを拠点にヨーロッパで活躍し、若手ピアニストとして名声を博した。その演奏スタイルはヴィルテュオーゾ・タイプと評された。
シベリアを横断し、1928年初来日。山田耕筰と親交を深める。
1931年、東京音楽学校教授に就任し、教育面でもすぐれた才能を発揮した。多くの才能を育み、園田高弘も弟子の一人であった。
戦中は軽井沢に軟禁状態になり、苦しい生活を強いられる。戦後アメリカに移住。後進の指導に当たる一方、リサイタルや放送の活動も続けた。
1963年再来日し、シロタの最後の演奏会が開催された。

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さまざまな媒体(Web上の発言・著作など)から、ベアテ・シロタ・ゴードンの発言(Web上の文献・著作など)を、憲法・フェミニズム・日本・ユダヤ人・伝統芸能などのテーマ別に集めた語録。... [続きを読む]

受信: 2005年9月 7日 (水) 19時11分

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