さよなら、ミセス・ロビンソン
映画『卒業』のサントラ盤のジャケットだ。手前の美しい脚の持ち主が、アン・バンクロフトが演じたミセス・ロビンソンだ(脚の部分は別撮りしたという噂もある)。
この映画は私にいくつかの影響を残した。
主人公ベン(ダスティ・ホフマン)が乗りまわすアルファ・ロメオ・スパイダー・ジュリエッタは私の永遠の憧れとなった(後に手に入れるチャンスがあったが、憧れはそのままにしてくほうがいいと判断した)。
ミセス・ロビンソンは私を年上の女性好みにし、脚フェチにもした。
この映画で私はサイモン&ガーファンクルを知り、ギターを弾くきっかけになった。いずれにしても、中学1年の子供には「毒」な映画だった。
アン・バンクロフトは「ミセス・ロビンソン役の--」といわれることをあまり好まなかったそうだ。『奇跡の人』の舞台でトニー賞、映画でアカデミー賞をもらっているうえ、他にもいい作品がたくさんあるのだから当然といえば当然だ。
でも、申し訳ないけれど、私にとってアン・バンクロフトはやっぱりミセス・ロビンソンその人だった。きっと今ごろは天国で私のような男を増やしているに違いない。
[ニューヨーク 7日 ロイター] 舞台や映画で幅広く活躍した米女優アン・バンクロフトが6日夜、子宮がんのため入院先のニューヨーク市内の病院で死去した。73歳だった。
コメディアンで映画監督の夫メル・ブルックスの広報担当者が明らかにした。
ニューヨーク市内ブロンクスで、イタリア移民の両親の間に生まれる。
17歳で市内の演劇学校に入学し、アン・マーノの芸名で創成期のテレビに出演。誘いを受けてハリウッドに移り、著名プロデューサーのダリル・ザナックの勧めで、芸名をアン・バンクロフトに変えた。
役に恵まれずニューヨークに戻った後、「メソッド」で有名なアクターズ・スタジオに学んだ。
1958年にアーサー・ペン演出の舞台劇「二人でシーソーを」でトニー賞を初受賞。翌年に再びペンが演出を手がけた「奇跡の人」のサリバン先生役が当たり、同賞の2年連続受賞を達成した。
「奇跡の人」の映画版でも同じ役を演じ、62年にアカデミー主演女優賞を獲得。
67年には、映画「卒業」のロビンソン夫人役を好演した。
このほか映画の代表作に「女が愛情に渇くとき」(64年)「愛と喝采の日々」(77年)「アグネス」(85年)など。
夫ブルックスとの共演作「メル・ブルックスの大脱走」(83)もある。
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コメント
私が『卒業』を観たのは中学3年の2学期の期末テストが終わった日。リバイバルでした。そして、サイモン&ガーファンクルの曲の素晴らしさに感動し、82年に今はなき大阪球場での彼らのコンサートに行くまでになります。
アン・バンクロフトさんが亡くなったこと、斉藤さんのこの記事で初めて知りました。ご冥福をお祈りします。日本で78年に公開された『愛と喝采の日々』もシャーリー・マクレーンとの火花を散らす競演見事でした。
『卒業』の監督マイク・ニコルズが新作『クローサー』を撮るってこう考えると凄いですね。
投稿: simon | 2005年6月 9日 (木) 23時45分
simonさん、なるほど。凄いですよね。
投稿: 斎藤純 | 2005年6月10日 (金) 09時14分
ちょっと話題が違っていささか恐縮なんですが、純さんの母校である、こころざし高校で私の同級生だった男が、 フジロック最終日にソウルフラワーユニオンのベーシストで登場します。種市マリンフェスタにも本人ののユニットで登場します。東北のプローモーションを友情一本でささやかにお手伝いしている私であります。純先輩におかれましても、ご声援よろしくお願いいたします。http://momonashi.ne.nu/
投稿: おおた | 2005年6月10日 (金) 16時06分
↑了解。
投稿: 斎藤純 | 2005年6月10日 (金) 17時11分
初めまして。
TBしましたが宜しかったでしょうか?
実は私、、栃の花と出身が一緒でして、種市マリンフェスタとか、思いっきり岩手の情報満載なのでリンクをブログにしましたが、、それも大丈夫でしょうか?
これから自分のブログでは、今住んでいる宮古の情報を載せていきたいと考えています。
どうかよろしく、、。
宮古というと、近々坂田さんのライブが行われるようですね。ジャスには詳しくない私ですが、よく宮古に来てくれるなーと思って見ています。
種市マリンフェスタ、、、どんな感じでしょうか、、。ネットで調べてみます。
投稿: だいまつ | 2005年6月10日 (金) 19時45分
だいまつさん、どうも。
こちらこそよろしく。
坂田さん岩手ツアーのうち宮古は下記ですね。
6月19日 (日) 宮古市 / スターライト 19:00 ~ 前 5000円 当 5500円(ドリンク付)
問い合わせ ユニゾン 0193-63-8605
ぜひ、お出かけください。
投稿: 斎藤純 | 2005年6月10日 (金) 20時05分
今夜のN○K、BSの映画は、
「奇跡の人」でした。
テレビ嫌いな私ですが、ちょっとだけチャンネルを。
うんうん 当時から足はきれいでしたね(笑)
投稿: あんべ | 2005年6月10日 (金) 23時35分
そっかー。
やっぱり年の差はあるなあ。。。(もちろん環境が大違いだけど)
サイモンとガーファンクルは、僕にはおなじみでは無いもんなあ。。。
僕が中1の時に見たのは「小さな恋のメロディ」か「アラビアのロレンス」。
どっちも学年全体で見に行きました。映画を見る日が中学の行事にあったんです。そうそう、アラブといえば、今日、「中東研究」という雑誌で、「アンクル・サン」という曾野綾子の文章を読みました。中東の部族社会の中にはやっぱり村八分ってあるんだろうか。
僕が影響された映画といえば、3才の時に見て泣いたという、「禁じられた遊び」かなあ。。。(第一回目のリバイバルの時かな) なんか「黒部の太陽」とか見せられた記憶も。
あ、東北に来る前に、「八甲田山死の彷徨」を見ました。(爆)
自分のことだけ書いちゃった。
お忙しいのに、宣伝をどんどん進めて下さり、ありがとうございます。(謎)
投稿: kajipa | 2005年6月11日 (土) 03時25分
あんべさん、どうも。『卒業』やってほしかった(何回も百回も観てますが)。
kajipaさん、どうも。「黒部の太陽」は学年全体で観ましたね。ぞろぞろ行進して向かった先は実家だった映画館。入口で親父(支配人)が生徒を出迎えている。
なんか恥ずかしくてねえ--
投稿: 斎藤純 | 2005年6月11日 (土) 08時46分
あはは。やっぱりどこでも同じ教育をするのかな。
しかし、自分の家が行き先だったとは。。。多感な年代。それはそれは恥ずかしかったことでしょう。
そうそう、青森県の平内町に、高橋竹山の記念館があります。
その記念館のこけら落としの時、平内の人しか招待されていなかったのに、なぜか青森市民の私がいました。しかも座ったのは竹山の目の前。ちょっと遅れて行ったので、そこしか座れなかったのです。
目の前で竹山の太棹がうなり、左手がせわしなく動く。本当に圧倒されました。
世の中に、別物、という言葉がありますが、まさにこのことであると思いました。
投稿: kajipa | 2005年6月14日 (火) 00時06分
kajipaさん、どうも。
竹山の話題は別のところで書いたことですので、ここでは--あれ、しかし、どうしてご存じなのでしょうか(謎)。
投稿: 斎藤純 | 2005年6月14日 (火) 08時53分