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天野滋さん、さようなら

天野滋さんが亡くなられた。

http://jyoho.kahoku.co.jp/member/news/2005/07/20050705t33002.htm

お酒を2、3度飲んだことがあっただろうか。どこか茫洋とした、おおらかな方だった。淡いお付き合いだが、共通の「師」の下でつながっている仲だった。

「師」とは岩手放送の北さんこと故北口敦夫氏のことだ。「北の北口」と業界で知られた名物ディレクターだった(ついでながら、「南の井上、東の水野とつづく。すみません、西は失念しました。それぞれ、名物番組をつくったり、新人を売りだしたりした名物ディレクターです)。
 北さんのところに出入りをしていた人を思いつくままに挙げていこう。人気画家の藤井勉さん、角川書店で〈ザ・テレビジョン〉や〈東京ウォーカー〉を大ヒットさせたNさん(私の中学~高校時代に岩手放送で深夜放送のディスクジョッキーをやっていた)、作家の高橋克彦さん(高校時代に演劇部に属していた克彦さんは、岩手放送のラジオドラマの脚本を書き、北さんに指導を受けた)、音楽関係では高橋研さん、あんべ光俊さんら、それに昨年逝去された星吉昭さん(姫神)がいる。私も北さんのもとで長くアルバイトをした。天野滋さんとはこのアルバイト時代に知り合った。その後、FM岩手ディレクター時代にもお仕事をご一緒させていただいた。
私が北口さんを「北さん」と呼べるようになったのは、FM岩手に入社してからだ。私は二十代半ばを過ぎていたが、ようやく「北口スクールの仲間入りができた」と嬉しかった。

天野さんが闘病生活を送られていることは人づてに聞いていた。N.S.P.が復活したように、きっと復活してくれると思っていた。
あまりに早すぎる。
無念でならないが、言うまい。
天国で北さんや星さんらと賑やかに酒を酌み交わしていることだろう

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コメント

北口さんが活躍していた頃のマスコミは まだ健在だったと思う。
当時は送る側に信念があったね、しかし今は・・・

天野さん ほんとうに残念です。

投稿: あんべ | 2005年7月 6日 (水) 10時15分

新譜が2月にでたばかりで、とても信じられない。ピースをひとつなくした・・・。
合掌。

投稿: やまのん | 2005年7月 6日 (水) 20時58分

「南の井上」は山口放送の井上雪彦氏でしょうか。
あの頃民放ラジオは本当に熱かったし、そのような時代だからこそN.S.Pのような等身大の若者達が歌う詩が広く共感をよんだのではないかと思います。
最近過去の作品を改めて聞きなおし始めたところに突然の訃報。本当に残念です。
合掌。
(オートバイ・ライフの著者の方とこのようなところでお会いすることができるとは思いませんでした。)

投稿: かめきち | 2005年7月 7日 (木) 01時22分

かめきちさん、どうも。

ラジオで育った世代なのでFM局に勤めたのですが、もう時代は変わってました。

「南の井上」は福岡放送の井上さんと記憶しています。「北の水野」さんはFM仙台やFMジャパンをたちあげた方です。

投稿: 斎藤純 | 2005年7月 7日 (木) 09時06分

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受信: 2005年7月 6日 (水) 20時58分

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