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ニュー・シネマ・パラダイス

映像も音楽もイタリア映画の伝統がよみがえったような映画だった。

この映画、 本当は興味がなかったが、郷里(当時、私は盛岡を離れ、川崎市宮前区に住んでいた)の親父から「おまえみたいなのが主人公だ」と電話があり、それで観ることにしたのだった。

私の実家は映画館で、親父はそこの支配人だった。住まいは映画館のなかにあった。なにしろ、もとは芝居小屋(劇場)だったので、バカでかい映画館だった(今はもうない。跡地にはマンションが建っている)。 映写室には「行ってはいけない」と釘をさされていたが、映写技師のおじさんたちも暇なものだから、私の訪問(私にとっては冒険だったが)を喜んでくれた。 そこでの体験はそのままトト少年と重なる。

夏、映写室の窓をあけると、映画館の向かいの建物の壁に映画が反射して映っていることがあった。この映画を観て、そのことを懐かしく思いだした。 同じような経験を岩手県一関市の映画館の息子さんだったKさんもしている。Kさんは、後に大きな映画祭を手がけるプロデューサーになった。トト少年のように映画の道に進んだわけだ。

いっとき、私も映画の道に進もうとしたことがあるが、親父に止められた。親父は日本映画の絶頂期と衰退を身をもって知っているから、その言葉に逆らうことはできなかった。

ちなみに親父は映画館から足を洗い、岩手県民会館で定年を迎えた後、盛岡市民文化ホールの初代館長をつとめ、現在はタウン誌「まち もりおか」(これは「銀座100店」の次に古いタウン誌)の編集長をしている。

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コメント

こんにちは。
子供の頃からサッカー好きだった僕は、妙にイタリアへの思いが強く、学生時代に何回かイタリアへサッカー観戦へ行きました。当時はスペインよりもイングランドよりもイタリアのリーグが豪華だったのです。
その前に観たこの映画に映された風景に心を奪われ、夜行列車でシチリアへ行った思い出があります。

投稿: 小林麦酒 | 2005年10月31日 (月) 17時14分

小林麦酒さんはドイツが専門とばかり思ってました!

投稿: 本人 | 2005年10月31日 (月) 21時38分

初めまして、いつも楽しみに拝読しています。
斎藤さんもKさんもトトくんのような少年時代を
過ごされたのですね。今どきはホームシアターに
凝っている映画ファンも数多くいるでしょうけれど
おうちがでっかい映画館にかなうものはないですよね。
とってもうらやましいです。
「おまえみたいなのが〜」と知らせてくださった
お父様もとっても素敵な方ですね。
うちのオヤヂとは大違いです(笑)

投稿: M. | 2005年11月 1日 (火) 01時14分

おはようございます
こどもの世界を描いた映画、いいですね。
これは知らなかったです。
この記事を昨日読み、私も思わず好きだった映画のこと書いてしまいました。

お父様、県民会館に勤められていたのですか。
高校のころの室内楽の鑑賞会やら、
吹奏楽部にいる友人たちの定演など
思い出がたくさんあります。


投稿: bikki | 2005年11月 1日 (火) 06時36分

M. さん、どうも。
とても充実したブログですね。
ここはお恥ずかしい中身ですが、またご訪問ください。

投稿: 本人 | 2005年11月 1日 (火) 07時38分

bikkiさん、どうも。
「汚れなき悪戯」(リバイバル上映だったのか)をやった映画館だったのです。

この映画は学校で見にいかされまして、生徒を親父がお迎えしたわけですが、いや~何だか恥ずかしかったを覚えています。

投稿: 本人 | 2005年11月 1日 (火) 07時42分

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