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田園ハーモニーコンサート2005を終えて

田園ハーモニー・コンサートが終わった(2005年11月27日、矢巾町田園ホール)。矢巾町の音楽愛好家(小学生から大人まで年齢層が幅広い)たちが中心になって、この演奏会のためのオーケストラと合唱団を組み、およそ半年かけて練習を重ねてきた成果を発表した。

[演奏曲目]

第1部

(1)ヴィヴァルディ:弦楽のための協奏曲 ハ短調より「シャコンヌ」

(2)バッハ:管弦楽組曲第3番より「アリア」

(3)バッハ:カンタータ147番より「コラール」

(4)アンダーソン:クリスマス・フェスティバル

第2部

(5) ヘンデル:オラトリオ「メサイア」より

第1曲 シンフォニー/第2曲 伴奏つきレチタティーヴォ:慰めよ、私の民を(テノール) /第3曲 アリア:すべての谷は埋め立てられ(テノール)/ 第4曲 合唱:このようにして、主の栄光が現されると/第12曲 合唱:ひとりのみどり子が、私達のために生まれる/第13曲 ピファ(田園シンフォニー) /第18曲 アリア:シオンの娘よ、大いに喜べ(ソプラノ) /第24曲 合唱:まことに彼は私達の悩みを負い/第30曲 思いみよ、その憂いにひとしき憂い/第38曲 ああ美しきかな/第44曲 ハレルヤ(合唱) /第52曲 神が私達の味方であるなら(ソプラノ)/ 第53曲 ほふられた小羊は(合唱) /第54曲 アーメン(合唱)

指揮:寺崎巌

コンサート・ミストレス:長谷部雅子(東京ゾリステン・ソロ・コンサートマスター)

オーケストラ:田園フィルハーモニー・オーケストラ(矢巾町田園室内合奏団、矢巾中学校、矢巾北中学校、弦楽合奏団バディヌリ、岩手大学管弦楽団、北上フィルハーモニー管弦楽団、盛岡南高等学校吹奏楽部、バディヌリジュニア弦楽オーケストラ)

チェンバロ:吉田愛(盛岡市民文化ホール専属オルガニスト)

本演奏会は今年で4年めになる。私はヴィオラ奏者として、この演奏会に1回目から参加してきた。1回目の頃はまだヴィオラをはじめて間もない初心者だった。ま、今も初心者なのだが、この演奏会によって、音楽を奏でる喜びを知った。演奏会はオーディエンス(聴き手)とプレイヤー(演奏者)が互いに「音楽を愛する心」を共有することができる場なのだ。

田園フィルハーモニー・オーケストラの母体となっている田園室内合奏団での演奏会と違い、管楽器が加わり、さらには合唱も加わる。ステージの上にいると、それらの響きを(ヴィオラ・セクションはほぼセンターに陣取っているので)四方八方から浴びる。これは他にたとえようのない快感だ。

今回は毎回コンサートミストレスをつとめていただいている長谷部雅子さん(長谷部さんがたった一人入っただけで、オーケストラ全体が締まるという経験も私にとっては得難いもののひとつとなっている)に加え、特別ゲストとして吉田愛さんにチェンバロを担当していただいた。

そのチェンバロを我が田園室内合奏団の竹田正団長が「我々の頭上から金粉を巻き散らすかのような聖なる音色」と評した。これに付け加える言葉は必要あるまい。

一回目からの常連のお客さまで、自らもピアノ演奏をたしなむ方から「年ごとに腕を上げている。毎回、感動しているが、今回は出色の出来だったように思う」とお褒めの言葉をちょうだいした。実は演奏しながら、私自身、そう感じていた。

「腕を上げた」のは指揮者の寺崎巌氏の指導の賜物である。田園室内合奏団は寺崎氏が指導を担当するようになってから、まるで別の音楽団体のように変わった。私がこうして下手なりにヴィオラをつづけていけるのも、寺崎氏の指導を受けることが楽しみのひとつだからだ。

来年で田園ハーモニーコンサートはひと区切りを迎える。もっといい演奏をしたい、と楽団員一同も気持ちを新たにしている。

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W650の思い出

(これはW650発売当初に配布され、現在は入手困難な『W650 The Book』のために書いたエッセイです)

 CDを聴きながら、W650について思いをめぐらせている。
 CDは日野晧正による4ビートの演奏を収めたものだ。〈ジャズ〉の古典の再現ではなく、現代でしか成しえないものであり、しかも日本人ならではの感性にもとづいている。〈ジャズ〉を〈オートバイ〉に置き換えると、W650を語るのと同じ意味になることに気がついた。

 W650の始動に際して、特別に儀式めいたものは何ひとつ必要なかった。体重をのせてキックペダルを踏みおろすと、新設計のバーチカルツインは、いとも簡単に目覚めた。ティンクラーやデコンプレバーの操作はなく、神経質に身構えることもない。儀式は心のなかで済ませればいいわけだ。

 軽いクラッチをつなぎ、真新しいエンジンを気づかいつつアクセルをあける。

 振動は極めて少ない。

 だが、ロングストロークを持つふたつのシリンダーが発するパルスは明確に感じることができる。
 それは、リアのツインショックやダブルクレードル・フレームなどと相まって、W650ならではの鼓動感をかもしだす。つまり、バーチカルツインから抽出されたスピリットのみがライダーに伝わってくるのだ。
 W650が古典的な装いの下に、現代のテクノロジーの粋を結集していることを如実に物語る走行感覚だ。これこそ、二十一世紀のオートバイの鼓動感と言えるだろう。

W650  振動と鼓動感は違う。オートバイの鼓動感とはライダーの五感を揺さぶるものをいう。
 アナログレコードのスクラッチノイズが音楽に何の貢献もしないように、振動はメカニズムとライダーにストレスを与えるばかりだ。そんなものはないほうがいいに決まっている。
 スクラッチノイズを人間味のある音などと喜ぶ人もいるそうだが、音楽を愛しているのではなく、別の何かを求めているのだろう。オートバイの振動が恋しいなら、専門店で高価なレストア車が待っている。

 ツインエンジンのオートバイが好きだった。そのため、しばしば旧車ファンなのだろうと誤解を受けた。ノートン、トライアンフ、BSA、W1といった過去の美しいオートバイに敬意は持っているが、古いメカニズムへの執着はない。だから、今の技術でツインエンジンの新しいオートバイをつくってほしいと思いつづけてきた。
 もっとも、これはかなわぬ夢と諦めていた。

 信号待ちで停まる。青信号に変わるまで、エンジンを切っておく。
 あらゆる曲線を結集したような造形のタンクを撫でる。夢が現実となった姿がここにある。

 ふとルネサンスという言葉が脳裏に浮かぶ。

 中世ヨーロッパにおいて、人間不在の進歩に終止符を打ち、ギリシア・ローマの古典に戻ろうという革命がルネサンスだった。再生、あるいは、復活という語源を持つルネサンスは、当時の人々の夢の実現だった。

 1960年代のブリティッシュツインはオートバイの古典だ。カワサキは古典であるブリティシュツインを最新のテクノロジーで大胆にリファインし、現代に蘇らせた。まさに再生と復活である。したがって、W650はルネサンスそのものと言っていい。

 信号が青になる直前に、今度はセルスイッチの一押しでエンジンに火を入れる。
 その気になれば信号グランプリで優位に立つポテンシャルは持っているが、エクゾーストノートの変化を楽しみつつクルージングする。ただし、身のほど知らずの輩を振りきるときにアクセルをひらくのを躊躇はしない。
 W650にはそういう乗り方が似合う。

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音を楽しむ

好きな音色の楽器:チェロ、モダンジャズのトランペット、クラシック・ギター、エフェクターを通さないエレキギター。

好きな音楽家:マイルズ・デイヴィス、アルノルト・シェーンベルク、J.S.バッハと彼の息子たち、ジョアン・ジルベルト、アントニオ・カルロス・ジョビン。

今日はチェロについて。弦楽器ではチェロの音色が好きだ。クラシックを熱心に聴きはじめたとき(わずか十年前だが)、チェロから聴いたせいかもしれない。ブラームスの美しいチェロ・ソナタ、パブロ・カザルスの弾く(ちょっとゴツゴツした)バッハの無伴奏チェロ組曲、ブラジルのチェロ奏者でワン&オンリーといっていいジャキース・モレレンバウム--。チェロ奏者に共通する反骨精神などの気質については、『音楽のある休日』にも書きましたが、いずれ書きまとめたいと思っています。 

チェロは朝に聴けば朝の響きがし、昼に聴けば昼の響きがし、夜に聴けば夜の響きがする。股にはさんで弾くあのスタイルもいい。                                     

私はヴィオラも好きで、田園室内合奏団でヴィオラセクションに入っているけれど、ときどきチェロを弾くと「やっぱりチェロの音色はいいなあ」と思う。

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ロハス(LOHAS)ねえ

LOHAS(Lifestyles Of Health And Sustainability)というのが流行らしい。これは、「地球環境保護と健康な生活を最優先し、人類と地球が共存共栄できる持続可能なライフスタイルと、それを望む人たちの総称です」なのだそうだ。

スローライフが「反都市的」な傾向(本来はそうじゃないはずなのだが、「スローライフ=田舎に住もうぜ」みたいになってしまったのは残念)なのに対してロハスは都市型で、広義アート(音楽や美術)を大幅にとりこんでいる点も特徴といっていい。もっとも、スローフードがイタリア本国では「食もアートだ」という運動(日本では地産池消のみに偏ってしまった)だったことを思えば、本家帰りの感もあるが。

「環境知性の時代」という言葉があったが、ロハスが提唱しているのは「環境美学の時代」といったところだろうか。

「環境にいいライフスタイルは、健康にもいい」というのは、実践してきた人たちの生の声だ。あたりまえのことなだが、こういう形でムーヴメント(流行と言ってもいいと思うが)になるのは悪いことではない。

ロハスは別として、私が日々、やっていることをここに挙げておきます。

[自宅では]
〇テレビ、ステレオ、レンジなど待機電力を消費する家電製品のプラグをいちいち抜く(タイマーを使用する場合は別として)。
〇電気ポットを使わない(というか、うちにはない)。
〇合成石鹸、シャンプー、合成洗剤をなるべく使わない。
〇冷暖房を節約する(夏は薄着、冬は厚着)。

[外出時は]
〇近距離(半径2~5キロ)の用足しは自転車を使う。天候の悪い日はバスを使う。遠いところはスーパーカブを使う。クルマは(遠乗りを除いて)一人での移動や荷物が多くないときは基本的に使わない。
〇クルマは5年前にスポーツカーからエコカー(プリウス)に乗り換えた。
〇飲み物が必要だとわかっている外出の際には、ポットに飲み物を入れて持ち歩く(ペットボトルの飲料をなるべく買わない)。
〇トイレでペーパータオルを使わない。だから、大判のハンカチ、バンダナを持ち歩く。また、これは風呂敷代わりにも使うこともある。

[買い物時は]
〇大型ショッピングセンター、コンビニをなるべく使わず(コンビニさん、ごめんなさい)、地元の商店で買い物をする。
〇マイバッグを持ち歩き、袋(レジ袋)はもらわない。書店ではブックカバーを断る。

というわけで、まあ、大したことはやっていない。細かいことは習慣にしてしまうと何ともなくなる。それと、義務感などではなく、「楽しむ」とか「遊びのつもりでやる」という気持ちのありようがコツかと思う。

ドイツの環境教育では子供たちに「便利なものを疑う。不便なほうを選べば環境にいい」と教えているそうです。

ちなみにタバコは30歳でやめました。コークはこの十数年間で500ccくらいしか飲んでいません(決して嫌いなわけじゃないけど)。缶コーヒーは飲みません(関係ないですね)。特筆したいのは、今シーズンのツーリングの距離を前年比50パーセント程度に抑えたことだ(他にやることがあったせいもあるが、雨で断念したツーリングも数知れず)。

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企画展講座(ルオー展・岩手県立美術館)

岩手県立美術館で開催中の『ルオー展』(観覧記は『目と耳のライディング』に)関連事業のひとつ、安井裕雄(学芸員)氏による企画展講座「ルオーの連作『ミセレーレ』と『受難』」を聴講してきた。

「ミセレーレ」と「受難」というシリーズものを制作することで、ルオーの画風には二度の大きな変化があったというお話を、作品の映像と共に、とてもわかりやすく解説してくださった。

ただ、欲をいえば、今回の内容はギャラリートーク(展覧会場で解説を聴きながら鑑賞する)っぽかった。
安井さんは冒頭、「ルオーは砲弾飛びかうパリ・コミューンの時代に貧しい家に生まれ、第一次世界大戦と第二次世界大戦を経験した。これらがルオーの芸術に大きな影響を与えている」と紹介したが、講座なのだから、ここ(つまり、制作の背景)をもっと堀り下げてほしかった。
無料の講座なのにいろいろ注文をつけるのは気がひけないでもないが、映像にも(ルオーの作品より)ルオーの生活や当時のパリのようすを伝えるものがあってもよかったと思う。

とはいえ、密度の濃い1時間半を過ごした。

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いよいよ

岩手山はすでに雪をかぶっているが、今日午後、姫神山が白く輝いた。
手前の天峰山の頂上(駐車場がある)も白かった。
写真を撮ろうとしたが、太陽が雲に隠れ、姫神山はシルエットになった。
我々オートバイ乗りにとっては長く、寂しい季節がはじまる。

このごろの寒気のせいで右膝の関節がしくしく痛む。子供のころから膝の痛みとは付き合ってきた(骨の成長期の痛み)ので、慣れてはいるが。

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愛用品 ソーラーウォッチ

自動巻き腕時計を使ってきたが、このごろはケータイの時計で間に合うので、身につけることが少なくなってきた。そのため、ぼくの自動巻き腕時計は停止している状態にある。早い話、自動巻き腕時計は現在のぼくのライフスタイルには合っていない。

でも、会議や打ち合わせ、あるいは講演(めったにないけど)などのときは、やはり「針」で視認できる腕時計は必要だ(一番必要なのはスーパーカブに乗ってるとき)。電池を使い捨てにするクォーツ腕時計はしたくないので、そうなると手巻きの腕時計ということになる。ところが、これが絶滅寸前なんですね。

ある方(元時計販売の仕事に携わっていた)から、「こんなのはどう?」と教えていただいたのが、下記だ。

これが私の新しい相棒になった。これなら長いこと放置していても停止することはない。これ、エコマーク商品なんですね(手巻き時計や自動巻きのほうがよほどエコだとは思うが)。チタンなので軽いのもいい。いささか大袈裟ながら、このスペック(というか能書き)は、男心をくすぐる(単純ですなあ)。しかし、実際、ツーリング時にも使うので、これくらいヘヴィデューティじゃないともたない(手巻きは防水性に不安がある)。

Promaster -プロマスター-
想像を超えた過酷な環境に挑む冒険者たちの厳しい選択眼に適う優れた機能性と信頼性。
限界に堪えうる本物のスポーツウオッチ。豪放にして冷静、そして大胆にして緻密に・・・。プロマスターを持つ人が得ることのできる信頼性と機能性はあらゆる状況下での最高のパートナーとして精密にサポートしつづけます。陸・海・空、さまざまなフィールドで最大のパフォーマンスを引き出すために創られたスポーツウオッチ「プロマスター」。

Land series -ランド シリーズ-
プロマスター「SKY」に続いて、「LAND」シリーズに待望のフルメタル電波時計が登場!
シリーズの高位機種「パーペチュアルカレンダーモデル」の上位モデルとして機能も充実。 エコ・ドライブ、フルメタル電波時計をベースに、20気圧防水、ナチュライト、パーペチュアルカレンダー機能を搭載しています。また、ケース、ブレスレットは、すぐれた表面硬化技術であるデュラテクトを施しており、アクティブなユーザーの期待を裏切りません。これまで高い視認性で定評のあった文字板は、長く愛されるデザインを基準につくられており、12、3、6、9の4つのアラビア数字とバーインデックス、ドットインデックスのふたつの組み合わせを用意しました。 風防ガラスには無反射コート球面サファイアガラスを採用し、文字板の視認性が向上しました。4時位置にはデイト表示、電波の受信状況は11時から3時までの範囲で示されています。 ストラップには丈夫さで定評のあるコーデュラナイロンを採用。ブレスレットモデルは三ツ折れ両プッシュ式中留めとフィットアジャスターを備えています。

Eco-drive -エコ・ドライブ-
「エコ・ドライブ」は、光エネルギーを電気エネルギーに変換して動く時計です。使い捨てタイプの電池を使用しないので、限りある地球資源を減らしたり、汚したりすることがありません。1996年に時計では初めて、「エコマーク商品」に認定されており、単に“光発電による駆動”というだけでなく、二次電池にも水銀、カドニウム等の有害金属を使用しておらず、また製品・素材の製造にもフロン他の有害物質を使用していないなど、様々な厳しい基準をクリアして認定されました。
「エコ・ドライブ」は、光発電で動くシチズンの時計の総称です。 デザインのバリエーションが豊富に揃っているので、どなたにでも似合う時計が見つかります。 機械式時計、クオーツ時計に続く、第3の時計=「光発電ウオッチ」は、21世紀の主流となる注目の時計です。  「エコ・ドライブ」は、“エコロジー先進国”といわれる欧州諸国を中心に、世界各国で高い支持を集めています。 光をエネルギーとして動く、地球環境に優しい「エコ・ドライブ」は、時計エネルギーの世界標準になりつつあるのです。

Duratect -デュラテクト-
新しい時計を手にした時の「感動」や「こころの輝き」を失わないでほしい。そんな願いが込められた技術が「デュラテクト」です。いくら大切に使っていても小さな傷から逃れることはできません。シチズンは、そんな傷から時計を守るために、チタンやステンレスといった既存の素材に特殊な加工を施し、表面硬度を素材の約5倍に高めて耐磨耗性を向上させる技術、「デュラテクト」を開発しました。

主な機能
日常生活強化防水(20気圧防水性能)
精度:±15秒/月(非受信時)
パーペチュアルカレンダー機能
ナチュラルライト
(明るさと持続時間[ 3~5時間 ]がアップした新夜光)
光発電:2年
(フル充電時に光を当てなくても可動する持続時間)

日付早修正装置
受信局自動選択機能
定時受信機能
強制受信機能
充電警告機能
過充電防止機能
パワーセーブ機能
ねじロック式リューズ
耐ニッケルアレルギー商品 
素材
ガラス:球面サファイアガラス(無反射コーティング)
側材質:チタン(IP)
表面処理:白色IPメッキ
バンド:ナイロン
デュラテクト チタンカーバイト処理 
サイズ
ケース幅:約42.5mm
厚み:約12.3mm
質量:約49g

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ブルースの夜

昨夜はTEAM M主催のブルーズセッションナイト(盛岡市菜園にっか亭スピリッツ)。

nika53713351_145 ブルースセッションとはいえ、ロック系のセッションだったのでチト苦しかった(私がコピーしていたのは黒人ブルース)。場に合わせてロック風に、とロビー・ノバートソンを意識したのだが(アハハ)、音を出すのがやっとで、まったくまとまりのないプレイになってしまい、反省しきり。やはり25年のブランクは大きい(って、これじゃ初心者と同じ)。これから場数を踏んで勘を取り戻そう(と、こりずにまたやるつもりでいるから怖い)。

何はともあれ、新参者をあたたかく迎えてくれ(しかも、大目に見てくれ) たので気持ちよく楽しめました。 nikka53713351_201

25年前に高円寺界隈で何度かセッションしたブルースハープ吹き、花巻市の阿部哲ちゃん(5年前に亡くなった。彼とのセッションテープは私の宝物)の仲間やお弟子さんがいた。

オールマン・ブラザーズ・バンドのコピーバンドがとてもカッコよかった。盛岡にもこんなに熱い夜があるのか、と感激した。

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白木のチェロ

8  今日、午後。盛岡市内のもりおか啄木・賢治青春館(旧九十銀行)で、三浦祥子さん(チェロ)のミニ・コンサートがあった。

三浦さんが弾いたチェロは市内本町通りの松本伸弦楽器工房が制作中の楽器で、ほぼ完成しているが、ニスを塗る前なので白木のままだ。この状態の楽器の音を聴く機会はめったにない。

三浦さんはバッハの無伴奏チェロ組曲3番とカザルスの「鳥の歌」などを弾いたが、できたばかりの楽器に魂を込めるような熱演だった。たぶん、三浦さんは我々聴衆のことなど気にかけることもなく、チェロとの対話をしていたのだと思う。その姿に打たれた。いつもは気軽に声をかけるのだけれど、目が合ったときに「よかったよ」と頷くだけで私は言葉が出なかった。

こり性の松本伸さんが腕によりをかけてこしらえたチェロは、若々しい(あるいは青くさい)音だった。ニスを塗り、年月を経て、深い音色になっていくのだろう。まだ仕上げが残っているわけだが、伸さんにも心のうちで拍手を送った。

sign目と耳のライディング」(岩手めんこいテレビ公式サイト連載中)に弦楽合奏団バディヌリ第9回定期公演のようすを書きました。とてもいい演奏会でした。ご笑覧いただければ嬉しいです。

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室内楽の季節

52863610_225 岩手山が雪をかぶった。そして、今朝はきれいに晴れている(昨夜は星がきれいだった)。仕事が山積しているのでどこにも出かけられないのが悔しい。

NHK-FMベストオブクラシックのことを前に書いたが、午後2時からのミュージックプラザも、かなりの「通」が選曲しているので、とても聴き応えがある。 今朝(昨日9日分の再放送)は、ドビュッシーの「フルート、ヴィオラとハープのためのソナタ」とフランクの「弦楽四重奏ニ長調」をエアチェック(死語!)した。

前者はトビュッシー最晩年の作品。ベルリンフィルのウォルフガンク・シュルツ(首席ヴィオラ奏者)が入っているウィーン・ベルリン・アンサンブル(ウィーン・フィルとベルリン・フィルの首席奏者による室内楽団)の演奏。 ラジオから流れてくるヴィオラを聴いて、「おや、これは誰だろう」と思うとシュルツだったことが何度もある。昨日の午後、仕事をしながらこの番組を聴いていたときも「このチェロみたいな響きを出すヴィオリストは、もしかするとシュルツでは」と思ったら、そうだった。  

で、昨日は途中から聴いたので、今朝ちゃんと録音(エアチェックね)した。 この一風変わった編成は、しかし、定番になりつつあり、武満徹もこの編成による曲を書いている(名作です!)。

後者はフランクの最後の作品。録音が少なく、演奏会でもなかなか聴く機会がない。45分近いこの大曲は、漢字で大浪漫主義とあらわすのがわかりやすいかも。日本でも1960年代くらいまでは弦楽四重奏の傑作扱いを受けていたらしい。  

番組で使用したジュリアード弦楽四重奏団のCDはスメタナの「わが生涯より」(この曲はたくさんCDが出ていて不自由しない)とのカップリングで、実は私も持っていたはずなのに行方不明中なので助かった。

(番組では他にラフマニノフの交響曲3番がかかった。選曲家は、つまり、作曲家の最晩年の作品、あるいは最後の作品を選んだわけだ。ブラームス最晩年のクラリネット/ヴィオラ・ソナタという名曲を私は思いだした。)

晩秋から冬にかけて、私はこういう室内楽が聴きたくなる。 今日はこのMDを繰り返し聴きながら仕事をしよう。

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溜息吐息、虫の息

厚着をして我慢してきたけれど、今朝、とうとう石油ファンヒーターをON(勉強部屋)。

来年用のスケジュール手帳を買った。ここ15年ばかり小型のシステム手帳(8穴)を使ってきたが、アドレス(電話番号)はケータイを持つようになったので必要ないし、メモ帳は別のを持ち歩いているし、カードはサイフにすべて収めてしまったのでシステム手帳である必要がなくなった。
note_k06 書店で「岩手県民手帳」(凄いネーミングです)というのを見つけた。これがなかなか充実した内容で便利そう。しかも600円と格安。来年はこれで乗り切ろう。

さて、今後のスケジュールを大まかに見ると--。
■11月26日-志高同窓会関東支部ゲスト出席
■11月27日-田園ハーモニーコンサート出演
■12月3日、4日-盛岡文士劇出演
■12月22日-
100万人のキャンドルナイト冬至の部参加

というわけで今月末から来月の文士劇までは練習・稽古などのため自分の時間はほとんどない。幸いキャンドルナイトについては実行委員会から外してもらえたので楽になった。
以上、どれも収入なし。溜息。

他に長期的なものとして--。
■盛岡自転車会議を来春からスタートさせるための準備(一応、暫定的に私が会長)。
文化地層研究会として進めているマル秘プロジェクト(ま、これは私の役割はほとんどない--はずだが)。

他にもいろいろあるような気がするが、忘れたふりをしよう。
以上も収入なし。吐息。

というわけで今月末締切りの書き下ろしは来月半ばまでかかりそうな気配が濃厚になった。これじゃ年内に餓死するかもしれない。まさに虫の息だ。

なんともトホホな状態だが、いえいえ、必要とされているところにはハイハイと出向きますとも

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ママチャリ

ママチャリに乗る機会があった。はじめのうちはふだん乗っているビアンキと違い、バランスが悪いような気がしたが、慣れると、なるほど楽チンだ。内装三段ギアを装備していて、町乗りならこれで充分だ。

バランスが悪いように感じたのは、ママチャリがいわゆる殿様乗りのスタイルだからだ。スポーツ自転車はハンドルにも荷重をかけることによって安定性を得ると共に、疲労軽減にも役だっている。ママチャリはお尻にだけ荷重がかかるので長距離走行には向かない(疲れる)。

借りたママチャリのタイヤを指で押すと柔らかかった。空気が抜けてしまっている。パンパンに空気を入れるとママチャリがとても軽くなった。一般にみなさんタイヤの空気圧に無頓着のようだが、空気をちゃんと入れてやると、ひとこぎで進む距離がグ~ンと伸びる。

それと、学生らがサドルをべったり低くして乗っているのはいったい何のつもりなのだろうか。あれでは体力を無駄に浪費するばかりだ(体力が有り余っているから、あれでいいのかもしれないが)。サドルは適度に高いほうが効率よくペダルを踏める(こげる)。

このごろはあまり見かけなくなったが、MTB(マウンテンバイク)にオフロード用のブロックタイヤを履かせたまま町乗りに使っている人がまだいる。オフロード用のブロックタイヤでの走行は、20キロだか30キロだかの荷物を積んでいるのと同じくらいの抵抗が生じるそうだから、あれも無駄な体力の消費だ。舗装路用のタイヤに交換すると、「自転車ってこんなによく走るのか」と驚くに違いない。

省エネはガソリンや電気ばかりでなく、人間にもいえる。せっかくエネルギー効率の高い乗物なのに、自転車で無駄に疲れている人が多いような気がする。何だかもったいない。

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盛岡に馬車を走らせよう

このところ盛岡は毎朝霧に包まれている。霧が晴れると、頭上に青空があらわれる。

189423_1697431357 今日は暑いくらいの好天。そんな中、盛岡の河南地区(旧中心街)を馬車が走った(写真は中津川にかかる上の橋を通過中の馬車)。想像していたよりも馬車のスピードが早く(時速7~9キロくらいか)、デジカメではシャッターチャンスが難しかった。なんと馭者は女性です。

盛岡は初夏のチャグチャグ馬っこが有名。こんな馬車で岩手公園(盛岡城址)や啄木新婚の家などを巡ることができたら楽しいだろうな。観光客にも受けるのではないだろうか(もっとも、そのためには市内の交通制限が必要となるが)。

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アート@土澤

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183991_2626911582 アート@土澤(東和町)に行ってきた。萬鉄五郎記念美術館訪問やツーリングなどで何十回も訪れているのに、町のなかを歩いたのは初めてだった。こういうイベントでもなければ、絶対に踏みこまないであろう裏通りまで知ることができた。

町は気のせいか、ふだんよりも人出が多かった。よそからの人も多いが、地元の人があちこち覗いて歩いている。いいなあ、と思った。

上右は、取り壊しの決まっている木造倉庫をつかった作品。萬の「芸術家は明日を憂えてはならない」という言葉が彫ってあった。これは私の好きな言葉だ。

183991_1398135758 ←裏通りがこうなっていたとは。ここもうまく使えば、おもしろいものができそう。

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←薬屋さんのディスプレイと瓜二つ。こういうユーモアある作品もあった。

↓展示している場所にはフラッグの目印がある。

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←最も巨大な作品。相撲の土俵ですね。これも痛快だった。

私はアート@土澤を楽しんだ。きっと地元の方も楽しんだに違いない。そして、アート@土澤は、かの地を(あるいは、かの地の人々を)、確実に動かしたように思う。

それはたぶん今よりも、後々時間が経つと共に明らかに効いてくるだろう。

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ダライ・ラマの言葉

銀行に行ったら、カードを家に忘れてきた。戻ってきたが、カードがない。よくよく探したらサイフの中に入っていた。

それはともかく。知人のサイトからの引写しですが--。

1.大きな愛や仕事には大きなリスクがつきものだということを考慮にいれなさい。

2.あなたが勝利を失っても、そこから学んだことを失わないようにしなさい。

3.あなた自身を敬う気持ち、他の者を敬う気持ちを持ち、あなたの行動に責任を持ちなさい。

4.あなたが欲しいものを得られないということは時としてすばらしい幸運のめぐり合わせであることを忘れないように。

5.適切にルールを破る方法を見つけるためにルールを学びなさい。

6.小さないさかいが尊い友情関係を傷つけることを放っておかないように。

7.あなたが間違いを犯したことに気づいたときには、それを正すための手を即座に打ちなさい。

8.毎日いくらかの時間は一人で過ごしなさい。

9.変わることに寛容であっても自分自身の価値観を失わないように。

10.沈黙は時として最高の解答だということを忘れないように。

11.良き真実の生を生きなさい、そうすればあなたが年を経て振り返ったときにあなたは再びそれを楽しむことが出来るでしょう。

12.家庭での愛にあふれた雰囲気はあなたの暮らしの基盤となるものです。

13.好きな人と口論になったときに、現在の状況だけについて問いなさい、過去のことは持ち出さないように。

14.あなたの知識を分け与えなさい、それが不死に達する道です。

15.地球を優しく扱いなさい。

16.1年に1度は以前にあなたが行ったことのない所に行きなさい。

17.最高の人間関係とはお互いを愛する気持ちのほうが、お互いを必要とする気持ちよりも勝るものであるものだということを忘れないように。

18.あなたが成功を得るために諦めなくてはならなかった物によってあなたの成功を判断しなさい。

19.愛と料理には奔放に当たりなさい。


A speech of the Dalai Lama

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ナベサダさんを聴いて

渡辺貞夫コンサートに行ってきた。

今夜のナベサダさんはオリジナル曲オンリーで、パーカーものなどのダンモ(←ズージャ語)は聴けませんでした。
70歳を過ぎて、あのパワー。人を包みこむおおらかな明るさ。小沢征爾さんと同様のオーラがありますね。

最近、私は愚痴っぽくなり、不貞腐れぎみだった。映画祭~文士劇、さらには市の行財政構造改革推進委員会など本業以外のことに忙殺されつづけているせいだ。気持ちも体も休まる時間がなかった。

久々に今夜は心からくつろげた。そして、こうして一人静かに部屋で過ごしていると、どこからともなくこんな声が聴こえてきた。
グチってないで、何でもハイハイとやれよ。きっといいことあるぜ。おまえさんより大変な思いをしている人は世の中にゴマンといるんだ。自分の力を発揮したくてもできない境遇にいる人もゴマンといるんだ。おまえさんの文句は贅沢ってもんだ
私はナベサダさんの音楽からこういうメッセージを受け取った。

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