W650の思い出
(これはW650発売当初に配布され、現在は入手困難な『W650 The Book』のために書いたエッセイです)
CDを聴きながら、W650について思いをめぐらせている。
CDは日野晧正による4ビートの演奏を収めたものだ。〈ジャズ〉の古典の再現ではなく、現代でしか成しえないものであり、しかも日本人ならではの感性にもとづいている。〈ジャズ〉を〈オートバイ〉に置き換えると、W650を語るのと同じ意味になることに気がついた。
W650の始動に際して、特別に儀式めいたものは何ひとつ必要なかった。体重をのせてキックペダルを踏みおろすと、新設計のバーチカルツインは、いとも簡単に目覚めた。ティンクラーやデコンプレバーの操作はなく、神経質に身構えることもない。儀式は心のなかで済ませればいいわけだ。
軽いクラッチをつなぎ、真新しいエンジンを気づかいつつアクセルをあける。
振動は極めて少ない。
だが、ロングストロークを持つふたつのシリンダーが発するパルスは明確に感じることができる。
それは、リアのツインショックやダブルクレードル・フレームなどと相まって、W650ならではの鼓動感をかもしだす。つまり、バーチカルツインから抽出されたスピリットのみがライダーに伝わってくるのだ。
W650が古典的な装いの下に、現代のテクノロジーの粋を結集していることを如実に物語る走行感覚だ。これこそ、二十一世紀のオートバイの鼓動感と言えるだろう。
振動と鼓動感は違う。オートバイの鼓動感とはライダーの五感を揺さぶるものをいう。
アナログレコードのスクラッチノイズが音楽に何の貢献もしないように、振動はメカニズムとライダーにストレスを与えるばかりだ。そんなものはないほうがいいに決まっている。
スクラッチノイズを人間味のある音などと喜ぶ人もいるそうだが、音楽を愛しているのではなく、別の何かを求めているのだろう。オートバイの振動が恋しいなら、専門店で高価なレストア車が待っている。
ツインエンジンのオートバイが好きだった。そのため、しばしば旧車ファンなのだろうと誤解を受けた。ノートン、トライアンフ、BSA、W1といった過去の美しいオートバイに敬意は持っているが、古いメカニズムへの執着はない。だから、今の技術でツインエンジンの新しいオートバイをつくってほしいと思いつづけてきた。
もっとも、これはかなわぬ夢と諦めていた。
信号待ちで停まる。青信号に変わるまで、エンジンを切っておく。
あらゆる曲線を結集したような造形のタンクを撫でる。夢が現実となった姿がここにある。
ふとルネサンスという言葉が脳裏に浮かぶ。
中世ヨーロッパにおいて、人間不在の進歩に終止符を打ち、ギリシア・ローマの古典に戻ろうという革命がルネサンスだった。再生、あるいは、復活という語源を持つルネサンスは、当時の人々の夢の実現だった。
1960年代のブリティッシュツインはオートバイの古典だ。カワサキは古典であるブリティシュツインを最新のテクノロジーで大胆にリファインし、現代に蘇らせた。まさに再生と復活である。したがって、W650はルネサンスそのものと言っていい。
信号が青になる直前に、今度はセルスイッチの一押しでエンジンに火を入れる。
その気になれば信号グランプリで優位に立つポテンシャルは持っているが、エクゾーストノートの変化を楽しみつつクルージングする。ただし、身のほど知らずの輩を振りきるときにアクセルをひらくのを躊躇はしない。
W650にはそういう乗り方が似合う。
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コメント
こんにちは。
以前からエッセイや小説、拝読しています。
私も美術の世界を愛するモーターサイクル乗りです。
W650、「次に」乗るオートバイとして考えていて、興味深く読みました。
実はシングルしか知らないのですが、昨年の夏に交通事故でF650GSを廃車にしてしまい、目下モーターサイクルお休み中です。
今は自転車に乗っています。
「銀輪の覇者」、わくわくしながら読みました。日本でも公道での自転車ロードレース熱が復活してくれればいいのになあ、と切望しています。
投稿: ゆき | 2005年11月26日 (土) 19時14分
ゆきさん、どうもありがとうございます。
北海道一周レースなんてオモシロそうですよね。
投稿: 本人 | 2005年11月28日 (月) 08時24分
こんばんは、やまちゃんです。
題は
「鼓動が蘇る-ルネサンス讃歌-。
“再生と復活”、W650は時代と文化を創造している。」
でしたね。
「・・・身のほど知らずの輩を振りきるときにアクセルをひらくのを躊躇はしない。・・・」
ここが一番好きです。でも、「身のほど知らず」実は自分だったりして・・。
ところで純さん、急に7年前のTHE BOOKの事なんか引っ張り出してきてどうしたんですか?W650が懐かしくなったのでは?
いつでも還ってきてくださいね。お待ちしてますよ~!
投稿: やまちゃん | 2005年11月28日 (月) 18時00分
やまちゃん、どうも。
こっちはツーリングシーズンが終わったで、回想に浸る日々です。
やまちゃんには二度、東北でお会いしているので、今度は僕がそちらに初上陸する番ですね。計画立てようっと。
投稿: 本人 | 2005年11月28日 (月) 23時06分
はじめまして。貴兄の新書『オートバイ・ライフ』旅の友にさせていただいております。「The Book」もWの納車前に胸をときめかせて読んだものです。Wのあとはグラストラッカー・ビッグボーイを数ヶ月、VFR800を二年ほど楽しみ、今の相棒はスラクストン。でも、町の中やツーリング先でW見かけるとやはり意識してしまいますねぇ。この先Wはどのような方向に向かうのでしょうか楽しみです。そしてなにより貴兄の小説も……
投稿: 旅 師 | 2005年12月12日 (月) 19時52分
旅師さん、どうもありがとうございます。
私もW650を見ると気になりますし、今でもたまに、W650のオーナーズ・ミーティングに顔を出しています。
投稿: 本人 | 2005年12月12日 (月) 23時33分
60歳で単車を始めました。アプリリアの460ccのスクーターに乗っています。まだ日帰りばかりですがいずれは旅に出たいと期待しています。貴兄の著作は楽しく読ませていただいております。4冊のうちどれかを気分によって常に携行しています。ところで、貴兄がw650を下りたのはなぜでしょうか?実は、次はW650に乗ろうかと考えているのですが・・。
投稿: むねき@目白 | 2006年4月 2日 (日) 18時07分
むねき@目白さん、はじめまして。
ご質問の件ですが、実はR1150ロードスターを手に入れた後もW650と二台所有していたかったのですが、駐輪場、諸経費などの理由から残念ながら諦めました。
今でもいつかW650にまた乗りたい、と公言しています。
ぜひ、W650に乗ってみてください。スクーターとは別の世界がひらけると思います。
投稿: 著者 | 2006年4月 2日 (日) 21時33分
齊藤さん ご返事嬉しく読ませていただきました。ありがとうございました。 そうですか。やはりそれ程の名車なんですね。この歳で始めますと、右手右足、左手左足が全部違うことを一時にこなせるか・・・いまだ自信が持てません。何しろ、免許は四輪に付いていただけですので。でも、いつの日か、いや出来るだけ早い時期に絶対に乗ります。 さて、昨日も比較的早い時分に、都内ですが明治通りを湾岸を入れて一周してきました。桜がどこも満開で肌と耳での味わいが四輪では真似が出来ない楽しさでした。 「銀輪の覇者」は一昨年の上梓のようですが、存じ上げませんでした。早速、楽しませていただきます。これからも宜しくお願いいたします。
投稿: むねき@目白 | 2006年4月 3日 (月) 22時23分
むねき@目白さん、W650はひじょうに乗りやすいので、ライディング技術も向上すると思います。
それでも、できればライディングスクールに参加することをお薦めします。ぼくは40歳で大型自動2輪を取りましたが、あのときの自動車教習所での教習は本当に役立ちましたので。
投稿: 本人 | 2006年4月 3日 (月) 23時04分
はじめまして。
W650にはさらなるロングセラーになって、多くのライダーにオートバイの楽しみを味わわせてほしいものです。
斉藤さんの、新たなオートバイ小説にも期待しております。
投稿: 鈴木 | 2007年11月13日 (火) 15時33分
鈴木さん、どうもありがとうございます。
投稿: 斎藤純 | 2007年11月15日 (木) 09時00分