さようなら、水原洋さん
2月24日、友人でギター製作家の水原洋さんが亡くなった(享年48歳)。2年ほど前から癌と闘ってきたのだが、残念な結果になった。 今日、葬儀につづいて「偲ぶ会」があり、故人の仲間たちがギター、19世紀ギター、ヴァイオリン、リュート、リコーダーを演奏して天国へ送った。
「盛岡にはとてもいいギターを作っている人がいるんだよ」と県外の知人に彼のことを自分のことのように自慢してきた。彼のつくったギターは鈴木大介さんや高田元太郎さんら日本を代表するギタリストが弾いている。同じ盛岡の人間として、こんなに誇らしいことはない。
初めて彼に会ったとき、短く言葉を交わしただけでもう何十年も前から知っているような気持ちになった。歳が近いことと、何よりも音楽を、そしてギターを愛しているという共通点のおかげだったのかもしれない。それに、盛岡にいながら、もっと広い世界を相手にしているという点でも、ぼくと彼はジャンルこそ違っても、お互いに通じるものがあった。
彼にギターを調整してもらったり、糸巻を交換してもらったりしたけれど、彼がつくったギターを持っていないことは心残りだ。
つくってもらおうと思い、ちょっと相談をしたことはあった。ぼくの希望を言い、見積もりの値段もきいた。そのとき、ギターの表側に使うスギとマツの音の違いを、材料の板を叩いてみせて、ぼくに教えてくれた。
でも、ぼくは自己流でじゃかじゃか掻き慣らすだけだから、彼がつくったギターを持つにはまったく相応しくない。
「カルカッシを一からやりなおして、少しはまともに弾けるようになったら発注するよ」と言ったものの、ナマケモノのぼくはいまだに自己流で掻き鳴らしている。
コンサート会場でもよく会った。彼はギター以外の音楽にもちゃんと熱心に耳を傾けていて、コンサート後には鋭い批評を、短い言葉でボソッと呟く。ぼくは彼の感想を聞くのが楽しみだった。
いつか彼は「自分の楽器は150年はもつようにつくっているんだ」と言っていた。ぼくらより、ずっと長生きだ。それに、日本だけじゃない、フランスやスイスでも、彼のギターはその豊かな音色を響かせている。
彼の小さいけれど、整理が行き届いて機能的な、とても居心地のいい工房でお喋りすることはもうできないけれど、この地球のどこかで今も、そしてこれからも水原ギターが鳴っているんだと思うと、この寂しさもまぎれるような気がする。
もしかすると、あっちの世界のほうが、彼の会いたい人がたくさんいるのかもしれない。トーレスやヘルマン・ハウザーやラミレスや、彼が一所懸命に研究していたルネ・フランソワ・ラコート(19世紀ギター)、そして彼らが作ったギターを弾いたソルやタレルガやセゴビアも、あっちの世界にはいる。
ま、いずれぼくも行くことになるだろう。
こっちの世界では作ってもらうことができなかったが、そっちでぼくのギターを作ってもらうよ。そのときのために、ぼくのような下手くそが弾いてもセゴビアのように聴こえるギターを研究していてね。
それまでのあいだ、さようなら、水原洋さん。
*岩手めんこいテレビ公式サイト連載中『目と耳のライディング』から、水原さんのギターなどに触れている回のアドレスを貼りつけておきます。
http://www.menkoi-tv.co.jp/entertainment/saito/backnumber/020226index.html
http://www.menkoi-tv.co.jp/entertainment/saito/backnumber/index041004.html
http://www.menkoi-tv.co.jp/entertainment/saito/backnumber/index040209.html
*盛岡タイムスの追悼記事(3/16追記)。
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