サビーカスを聴きながらフラメンコの歴史を読む
CDを整理していたら、いつ買ったものなのか、サビーカスのベスト盤が出てきた。ずいぶん前に買って、「好みではないな」と奥に仕舞いこんでいたのだ(そういうCDがけっこうあるんです)。
ところが、人間は変わる。
いったんは「好みではない」と仕舞いこんだものを再聴して、「おれが間違っていた」と己の不明を羞じることが少なくない。サビーカス(この人はフラメンコ・ギターの大スターだった方です)にもすっかりハマってしまった。
パコ・デ・ルシア、ペペ・アピチュエラ、トマティート、ヴィセンテ・アミーゴらモダンなフラメンコ・ギターに慣れ親しんできた耳にそれは土臭く、「民族の息吹」をよりダイレクトに感じさせる音楽だ。音楽評論家なら「スポンティニアスな」と表現するかもしれない。
フラメンコ・ギターのオーソリティである逢坂剛さんの原点もサビーカスだったそうだ。生前の演奏も二度お聴きになり、ミスタッチのない演奏に驚いたという。ただ、よく聴きこんでくるとサビーカスでも「洗練されすぎていて、土臭さが薄れている」とのこと。う~む、奥が深い。
さて、サビーカスと一緒にマニタス・デ・プラタのCDが出てきた。これも一聴して「好みではない」と仕舞いこんでしまったものだが、改めて聴いてみると、超絶技巧で、大変なものだった。前に聴いたときは土臭さについていけなかったのだろう。耳の許容範囲がひろがったのか、深いところまで聴けるように成長したのか、ともかく今回は感銘を受けた。
しかし、フラメンコ通にいわせると、南仏で生まれ育ったマニタス・デ・プラタは「純正フラメンコではない」そうだ。ぼくは純正でなくてもいっこうにかまわないので、このCDを長く聴きつづけていこうと思っている。
インターネットでうろうろしていたら、カルロス・モントーヤとシショディのCDを見つけた。1枚1000円しない廉価版だが、中身はいい。たぶん、録音状態が最上とはいえず、モノラルなので安いのだろう。ぼくはそういうことにあまり頓着しないので、これも愛聴盤になっている。
さらに、浜田滋郎著『フラメンコの歴史』(晶文社)も古書店で見つけることができた(これ、どこかで文庫化したら売れると思うんですけど)。
夜、プラタやサビーカスを聴きながら、この本を読むのがこのところのぼくの贅沢。
岩手めんこいテレビ公式サイトに連載中「目と耳のライディング」第119回に、第75回もりげき八時の芝居小屋「 朗読 二十九歳」の感想を書きました。朗読文化の牽引者である大塚富夫さん(岩手放送)らによる素晴らしい舞台朗読でした。
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