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さようなら、村上善男さん

村上善男さんが亡くなられた。

岡本太郎門下の一人で、60年代はアヴァンギャルドの旗手として活躍し、ニューヨークでも評価された。津軽(弘前)と南部(盛岡)を拠点に、「風土と芸術」を常に意識した創作と執筆活動をされてきた。
お加減が悪いとうかがっていたが、盛岡のタウン誌『まち』には健筆をふるっていらしたので訃報に驚いた。

7年前だったろうか。春秋社の編集者T氏が、
「装丁をお願いしに行った美術家が盛岡出身なのを思いだして。斎藤さんを知っているだろうかとお訊きしたところ、『知ってるも何も、こんな小さなときから』と--。誰だかわかりますか」
「村上善男さんでしょうか」
「当たり!」
「もう何十年もお会いしていませんが」
「村上先生もそうおっしゃってました」

村上さんの個展が銀座でひらかれるとT氏から聞き、足を運んだところ、たまたま村上さんもいらしていて、再会することができた。
「ああ、その目だ」ぼくを見るなり、村上さんはおっしゃった。「その大きな目でぼくをじっと見ていたっけ。変わらないね」
ぼくがまだ小学生のころの話だ。
村上さんはしょっちゅう我が家に、酒を飲みにいらしていた。子供ながらに「偉い画家の先生」と認識していたから、好奇心を持っていたのだろう。

古文書をベースにした作品を見て、ぼくは感想を言った。
「ICチップに似ていますね。最先端のICチップも拡大して内部を窺えば、古い文化や、漢字の世界が凝縮されているという意味でしょうか」
ところが、村上さんはICチップをご存じなかった。

この再会がきっかけになり、お互いに本を送ったり送られたりするようになった。
新聞のコラムで『赤い兎―岡本太郎頌』(創風社)を「岡本太郎を語ることで村上氏自身を語る自画像のような本」と紹介したところ、「いい文章を書くなあ」と褒めていただいたことを思いだす。

最後にお会いしたのは、岩手県立美術館で何かの展覧会の初日だった。「知り合いといっぱい会うから、初日ではなく、別の日にゆっくり観るほうがいいね」とおっしゃって、笑った。その笑顔が今も脳裏に焼きついている。

132095733_150 写真は村上さんが弘前で乗っていたペデルセン。日本に数台しかない自転車で、ほかには永六輔さんが乗っていらっしゃる。いかにもダンディな村上さんらしい。

まだまだこれからの創作活動が楽しみな方だった。いろいろと教えていただきたいこともたくさん残っている。

喪失感ばかりがしだいに大きくなっていく。

5月21日、盛岡で「お別れ会」があった。都合がつかず、出席できなかったが、盛岡タイムスがそのようすを伝えている。改めて、ご冥福をお祈りします(22日追記)。

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コメント

こんにちは。お別れ会のことは陸奥新報のコラムでも取り上げられてましたよ。
http://www.mutusinpou.co.jp/news/06052309.html

投稿: ひろやす@gnf | 2006年5月26日 (金) 22時58分

ひろやすさん、ありがとうございました。

投稿: 本人 | 2006年5月27日 (土) 16時54分

村上義男先生には弘前大学でお世話になりました。
ふと思い出して検索していてこちらにたどり着きました。

プロフィールを拝見してまたビックリ。
石神の丘美術館へは、2006年の「村上義男展」で訪れました。
萬鉄五郎記念美術館へは、村上先生と美術科の皆と一緒に行きました。
懐かしく思い出しました。
ありがとうございます。

投稿: chihaco | 2012年11月 3日 (土) 17時07分

chihacoさん>見つけていただき、ありがとうございます。

昨日もある集まりで、村上先生がここにいたらなあ、と思いました。

投稿: 斎藤純 | 2012年11月 4日 (日) 08時06分

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