オーディオとジャズの世界で、岩手県一関市のジャズ喫茶ベイシーのことを知らない人はいません。本書は菅原正二さんの『ジャズ喫茶ベイシーの選択』に続く待望の第2作です。
が、本書はただのジャズ/オーディオ本ではありません。もちろん、ジャズ/オーディオ本としても超一流ですが、前著同様、随所に鋭い文明批評が散らばっており、生き方の指南に満ちています。これを名著といわずして何といいましょうか。
クラシックが小物評論家による「演奏批評」に終始し、狭い領域から抜けだせないまま落ち目に向かっている今、ジャズは、小さく狭いかもしれないけれど、確かな成熟をもたらした。本書にそれが集約されています。
前著では〈今はまずいものを年中食える便利な世の中になった〉と現代社会を斬ってみせた。この感性は少しも衰えず、ますます進化(深化)し、本書では〈30年以上もたないものを、ぼくはモノとして基本的に認めないことにした〉と言い切る。痛快ですね。日ごろ、ぼくも「10年もたないものを売ったり買ったりしてるようじゃ駄目ね」と言ってるのだが、菅原さんは「30年」である。「壊れタイマー付き」などと揶揄されるソ〇ーの社員にこそ読んでいただきたいものです。全編、この精神がバックボーンにあるように思いました。
オーディオに関して、ぼくはメカニズムには興味がありませんが、出てくる音については多少ウルさいかもしれません。といっても、「紙が素材のスピーカーから、どうしてシンバルやハイハットの金属音が出るのか」不思議がっているというレベルですが。
ところで、菅原さんはあちこちに出かけません。職業柄、そうなのです。ところが、全国から(いや、世界から)菅原さんのところにいろいろな方がやってきます。
こちらから訪ねるのではなく、「いながらにして、大切な人を引き寄せる」のが菅原さん流です。これを菅原さんは「(イスラム原理主義ならぬ)居座る原理主義」(危ない!)と称しています。
「国家の品格」よりも、こういう本にぼくは共鳴します。
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