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訂正とお詫び

本日公開したコメントについて、岩手日報の菅原記者から重要な指摘がありました。まず、全文を掲載します。

斎藤純様

 岩手日報報道部の菅原智広と申します。5日付斎藤さんのホームページ「知事選をめぐる記事を読んで」の中で事実と異なる部分がありますので、ご確認の上、ホームページ上から削除するか訂正を求めたいと思います。

 斎藤さんは「知事選をめぐる記事を読んで」の中で、「やや異なるのは、河北新報と朝日新聞は「敵の敵は味方という考えにはついていけない」という知事のコメントを載せているが、岩手日報はそれを伝えていない。8月下旬に出馬を打診した同党県連の玉沢徳一郎会長には「増田氏が立候補すれば政策協定を結んで支援したい」との考えがあるようだが、これについて河北新報は増田知事のコメントとして「政策協定の話があっても(自民党関係者と)会う必要はない」と強調したことを伝えている。岩手日報がこのことに触れていない」との記載があります。
 
 しかし、上記、「敵の敵は見方」発言は5日付夕刊1面「自民、民主 攻防に熱」の記事中、11行を使って記載していますし、「政策協定の話があっても会う必要はない」発言は、4日付夕刊1面の知事定例記者会見の記事で既報済みです。
 
 このままでは、ホームページを閲覧した方々に誤解を与えかねませんので、ご確認の上、削除または訂正を求めたいと思います。なお、同じ場面を取材をしても、どの部分をニュースの柱にするかは記者の視点によって異なります。(ことごとく同じ内容になったら、それはそれで恐ろしいことだと私は、思います)。以上、よろしくお願いします。

ご指摘を受けたコメントは下記です。

3日、盛岡市内で自民党東北ブロック大会がひらかれた。来賓として出席した増田知事に武部幹事長が「(政党と距離を置くスタンスに理解を示し)県民党という立場でも」と出馬を要請。各紙は一斉にこれを報じたが、岩手日報、朝日新聞、河北新報の記事を読んで、おや? と思った。

知事選に出馬すれば自民党として支援する」と持ち掛けられた増田知事が「話は聞いたものの、こちらからはあえて何も申し上げなかった」という点は共通している。

やや異なるのは、河北新報と朝日新聞は「敵の敵は味方という考えにはついていけない」という知事のコメントを載せているが、岩手日報はそれを伝えていない。

8月下旬に出馬を打診した同党県連の玉沢徳一郎会長には「増田氏が立候補すれば政策協定を結んで支援したい」との考えがあるようだが、これについて河北新報は増田知事のコメントとして「政策協定の話があっても(自民党関係者と)会う必要はない」と強調したことを伝えている。岩手日報がこのことに触れていない。

いずれにしても、自身の去就については「12月までに判断する」と増田知事は明言を避け続けている。

河北新報と朝日新聞にはなく、岩手日報だけが伝えているのは「12月まで待っても否定的な方向にはならないと思う」という玉沢会長の言葉だ。河北新報と朝日新聞が伝えている増田知事のコメントとは相反するわけだが。

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菅原さんのご指摘とおり、取り消し線部分の記載については事実誤認でしたので、訂正してお詫びします。

ただ、これを書いた時点ではまだ夕刊は出ていませんので、〈「敵の敵は味方という考えにはついていけない」という知事のコメント〉部分は訂正の必要がないと思います。追記として、「本日の夕刊記事に記載された」とさせてください。

全部抹消することもできるのですが、自戒を込めて、この形で残しておきたいと思います。今後、充分に注意しますので、お許しください。

菅原さんの

同じ場面を取材をしても、どの部分をニュースの柱にするかは記者の視点によって異なります。(ことごとく同じ内容になったら、それはそれで恐ろしいことだと私は、思います)。

にまったく同感です。それゆえ、各紙が何を優先させたか(この場合は増田知事の発言の内の何を優先させたか)を一読者として見ているのです。

この処置に異議がありましたら、またコメントをお寄せください。

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コメント

斎藤純様

 岩手日報報道部の菅原智広と申します。5日付斎藤さんのホームページ「知事選をめぐる記事を読んで」の中で事実と異なる部分がありますので、ご確認の上、ホームページ上から削除するか訂正を求めたいと思います。

 斎藤さんは「知事選をめぐる記事を読んで」の中で、「やや異なるのは、河北新報と朝日新聞は「敵の敵は味方という考えにはついていけない」という知事のコメントを載せているが、岩手日報はそれを伝えていない。8月下旬に出馬を打診した同党県連の玉沢徳一郎会長には「増田氏が立候補すれば政策協定を結んで支援したい」との考えがあるようだが、これについて河北新報は増田知事のコメントとして「政策協定の話があっても(自民党関係者と)会う必要はない」と強調したことを伝えている。岩手日報がこのことに触れていない」との記載があります。
 
 しかし、上記、「敵の敵は見方」発言は5日付夕刊1面「自民、民主 攻防に熱」の記事中、11行を使って記載していますし、「政策協定の話があっても会う必要はない」発言は、4日付夕刊1面の知事定例記者会見の記事で既報済みです。
 
 このままでは、ホームページを閲覧した方々に誤解を与えかねませんので、ご確認の上、削除または訂正を求めたいと思います。なお、同じ場面を取材をしても、どの部分をニュースの柱にするかは記者の視点によって異なります。(ことごとく同じ内容になったら、それはそれで恐ろしいことだと私は、思います)。以上、よろしくお願いします。ちなみに私の連絡先は、岩手日報報道部019・653・5311です。

投稿: 菅原智広 | 2006年9月 5日 (火) 18時13分

>ホームページ上から削除するか訂正を求めたいと思います。

といった表現はどうも高圧的で違和感があります。繰り返し出てきますしね。ネットリテラシーが低いというか(苦笑)

コメント欄で、事実と異なる事を伝えるだけでいいと、僕は思います ;-)

投稿: 101 | 2006年9月 6日 (水) 02時18分

斎藤さんぐらいの影響力のある方ですと、このような行動に出るんですね。

個人的にはこれまで何回も「言っていない」事を書かれています。その都度(全部ではないが)訂正を求めても、記事にした記者の視点だと言って訂正されたことはありません。

書いた時点で、夕刊は出ていないのでその事実を伝えるだけでよいと思います。

投稿: 愛輪塾@管理人 | 2006年9月 6日 (水) 06時20分

何はともあれ、ぼくの落ち度ですから。
電話でもお詫びし、訂正した旨を伝えました。
これでこの件はおしまいにしたいと思います。

投稿: 本人 | 2006年9月 6日 (水) 06時37分

岩手日報のこととは関係がないのですが、ちょっと気になったので。
ページの上のほうに「みんなで止めよう温暖化」という表記がありますが、最近「地球温暖化の原因は、CO2である」という報告が、実は根拠の乏しいものだという話です。
下のページには、それについて詳しく書かれています。
http://env01.cool.ne.jp/ss02/ss023/ss0231.htm

これによれば、温暖化の原因が人類の活動が排出するCO2によるという根拠はなく、温暖化自体が事実なのかも疑問です。
また、たとえ温暖化が事実であっても、それが地球環境にマイナスであるのかという点も、議論が必要ではないかと思います。


そういうわけで、僕は「みんなで止めよう温暖化」には、プロパガンダ的要素が多分にあるように感じます。
「みんなで止めよう大気汚染」なら賛成ですが。

投稿: セキチヒロ | 2006年9月 6日 (水) 08時05分

>温暖化の原因が人類の活動が排出するCO2によるという根拠はなく、温暖化自体が事実なのかも疑問です。
また、たとえ温暖化が事実であっても、それが地球環境にマイナスであるのかという点も、議論が必要ではないかと思います。

この主張はセキチヒロさんが取り組まれている簗川ダム建設反対に即していうならば、いろいろな理由をつけて「簗川ダムは必要」とする主張と同種のもので、おおいにあやしむべきものとぼくは思っています。

それはさておき、CO2削減に取り組んでいる人たちは「もしかすると我々の推論(地球温暖化は推論の上に成り立っています)は間違っているかもしれない。しかし、そうであったとしてもCO2削減のための方策(省エネ、リサイクル、リユース、使い捨ての見直し)は、今後、必ず役に立つ」と考えています。
ぼくも同感です。

また、ぼくが通った市民講座では「CO2の増加は大気汚染」と(譬喩として)語った先生もおられました。

いずれにしても、この活動は「本当の豊かさとは何か」を問う哲学を根底にもっています。が、セキチヒロさんが引いた論には、それがありません。
物質文明を見直そうというプロパガンダには大いに加担したいと思っています。

投稿: 本人 | 2006年9月 6日 (水) 08時44分

>これでこの件はおしまいにしたいと思います。

と、斎藤さん自身が書かれている後にコメントする事に対し、
まず、お詫び申し上げます。m(_ _)m

でも、二言だけ、(^^;)

まず一言・・・「後出しジャンケン」

もう一言
「同じ紙面を読んでも、どの部分を新聞社の主旨とするかは読者の視点によって異なります。(ことごとく同じ内容として解釈するよう強制されるとしたら、それはそれで恐ろしいことだと私は、思います)。」

失礼しましたm(_ _)m

投稿: 恵峯 | 2006年9月 6日 (水) 08時48分

恵峯さん、どうも。

>「同じ紙面を読んでも、どの部分を新聞社の主旨とするかは読者の視点によって異なります。(ことごとく同じ内容として解釈するよう強制されるとしたら、それはそれで恐ろしいことだと私は、思います)。」

おっしゃるとおりだと思います。これに関わる部分は、削除せずに残したしだいです。
ただ、今回の場合、事実誤認についての指摘ですので。


投稿: 著者 | 2006年9月 6日 (水) 09時15分

おしまい?(爆)

まあ、すべてのものを批判的に読むことは重要なことです。

新聞記事に関しては、記者の視点というより、残念ながら記者の能力の違いが大きいと思っています。
この件には関係ありませんし、新聞社も違いますが、僕も、何度か取材を受ける中で、一緒に記者のノートを覗き込みながら、字まで書いてあげたのに、たった800字で6カ所も間違われたことがありました。しかも僕が書いてあげた固有名詞がバリバリ間違ってて。

新聞に関しては、書けと社外の権力者から言われたことは書かないで欲しいなと思います。(広告は別議論)
書いている記事で、読者は新聞社を判断し、購読につながるわけですから。

地球温暖化に関しては、これまで繰り返して来た周期に従って気温が上昇していることは事実です。最近の観測結果による急激な上昇も事実でしょう。また、二酸化炭素の増加は100年以上前に指摘されています。(宮沢賢治もそれを使って文章を書いています)

が、その原因は、と言うと、要因はいろいろあり、石油などの化石燃料を掘り出して燃やすことによる二酸化炭素排出だけではないでしょう。(もちろん、他の温暖化効果ガスだけでもありません)二酸化炭素の変動グラフを見ると、夏と冬では濃度が異なりますから、気温が二酸化炭素の濃度を決めていると結論づけることもできるからです。

もちろん、これらの観測事実を否定する人もいます。
なら、放っておくのか、というところですね。

斎藤さんの、「本当の豊かさを問う」姿勢は重要だと思います。ただし、「本当の豊かさ」には定義が無いので、それぞれで定義してそちらに向かうしかないのですが。
僕は、不必要なエネルギーは使わないのが素敵と思ったりしています。

投稿: カジパ | 2006年9月 6日 (水) 09時24分

カジパさん、どうも。

>僕は、不必要なエネルギーは使わないのが素敵と思ったりしています。

ぼくもそう思います。でも、何だか無駄なエネルギーばかり使っているような気がしています(←自分)。

投稿: 著者 | 2006年9月 6日 (水) 16時32分


>それはさておき、CO2削減に取り組んでいる人たちは「もしかすると我々の推論(地球温暖化は推論の上に成り立っています)は間違っているかもしれない。しかし、そうであったとしてもCO2削減のための方策(省エネ、リサイクル、リユース、使い捨ての見直し)は、今後、必ず役に立つ」と考えています。
ぼくも同感です。

僕もそれについて全て間違っているとは思いません。しかし、それらの方策が本当に「役立つ」のかどうかは、報道などに惑わされない、市民サイドとしての検証が必要だと思います。
現に、僕をこのページに引き込んだ主題は「日報記事による事実の歪曲(少し大げさな言い回しになってしまいました)」ではないのですか?
先に僕が参考にした辻田教授は、「リサイクル、リユースなどが有効に温暖化対策として機能しているのか?」という点についても疑問を投げかけています。

 <1980年代にリサイクル運動が盛んになりましたが、10年後には、回収品が余って安くなり、回収業者が倒産し、町内会やPTAのリサイクル活動は一部を残して消滅してしまいました。資源は需要以上には使えないのですから、当然のことです。>
http://env01.cool.ne.jp/ss02/ss021/t01.htm#s1
話がそれますが、地球環境の保全の方策は、リサイクル、リユース以前に、極力使わないことが第一でしょう。


>いずれにしても、この活動は「本当の豊かさとは何か」を問う哲学を根底にもっています。が、セキチヒロさんが引いた論には、それがありません。

純さんは僕の論に対し哲学がないと判断なさったようですが、僕なりの哲学を述べせてもらいますと「本当の豊かさは国民一人ひとりの自立にある」と思います。
政府の主張や報道を鵜呑みにしていては、知らぬ間に間違った道を歩かされることもあるのではないでしょうか?
国民一人ひとりが自立した視点で、「この意見は正しいのか」「この税金の運用は本当に役立っているのか」などを十分検証し、それを反映できる世の中にしない限り、「本当の豊かさ」などありえないと、僕は思います。


「CO2削減が地球温暖化対策に役立つ」という主張がただの勘違いであるならば、わざわざ心象を悪くしてまで「それに乗じた活動が役に立っているからいいじゃないか」という意見に口を挟まなくてもいいのです。
しかし、このただの勘違いに、何らかの意図が隠されている場合、僕としては見過ごすわけには行きません。ことに、純さんのような影響力のある方の意見であるならばなおさらです。
ご存知のように、国策である原子力推進の最大の理由は「CO2削減」です。また、それと並行して言われる「石油があと40年で枯渇する」という意見も、根拠が非常にあいまいです。
この2枚看板を剥ぎ取ってしまうと、原子力推進は正当性を全く失ってしまいます。

簡単に結びを述とべますが、私達国民は、常識という名のもとにいくつも「ガセネタ」をつかまされています。
「ガセネタ」わかっていながら、「役に立っているからいいじゃないか」という理由で妥協してしまうことは、非常に危険だと僕は思います。
そういったわけで、分をわきまえない書き込みをしました。失礼しました。

投稿: セキチヒロ | 2006年9月 7日 (木) 11時02分

いえいえ、同じ哲学に立っていることは明らかなのですから。

そうそう、温暖化防止(CO2削減)に原子力発電が効果的というまやかしには気をつけないと。

投稿: 著者 | 2006年9月 7日 (木) 12時38分

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