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中津川の鮭

今秋も中津川に鮭が帰ってきた。例年に比べて数が少ないような気がしたが、それが自然界というものだろう。太平洋から北上川を旅し、故郷の盛岡に戻ってきた鮭を見ると、いつもながら胸が熱くなる。

10月も末になると、泳いでいる鮭よりも、役目を終えた鮭の姿のほうが多くなった。信じがたいことだが、これを「気持ち悪い」とか「不衛生だ」と批判する人がいるそうだ。

C.W.ニコルさんが中津川を見たら、きっと喜ぶだろう。ニコルさんは、故国のカナダの河川で、鮭を戻す仕事をされたことがある。

カナダの河川の多くで、コンクリートによる護岸工事とダムによって鮭の遡上が見られなくなった。鮭が遡上しなくなると、食い物のなくなったクマが人里にあらわれるようになり、人間や農作物にも危害を及ぼすようになった。同時に、クマの数は激減した。

しかし、政府が危機感を持ったのは、森林の荒廃が起きてからだった。川に鮭がのぼらなくなると、森林が枯れ、世代交代(更新)も滞るのだ(その因果関係が面白いのだが、あえて割愛する)。

カナダ政府は川を自然状態に戻す公共事業に取り組んだ。そして、昔のように鮭が戻ってくるようになった。鮭が戻ってくるとクマも増え、森林も元気になった(この過程も面白いのだが、それはニコルさんの講演などでじかに聴いていただきたい)。

「だから、カナダの素晴らしい森のなかは、(死んだ鮭の臭いで)生臭いのです」ニコルさんは言う。

中津川の鮭の死体は、何カ月もかけて腐り、解けていく。それが中津川の養分になる。これがないと来年、鮭は戻ってこれない。生命の輪廻、すなわち生態系である。

逞しく泳いでいた鮭の姿と同様に、ぼろぼろになって川岸に打ち上げられた鮭の姿もまた美しいとぼくは思う。それは自然の脅威であるばかりでなく、われわれ人間の努力の証でもある。

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緒形拳の「白野」を観る

10月26日のブログで予告した通り、緒形拳のひとり舞台「白野」の観劇記を、早くも(←自分で言うな!)岩手めんこいテレビ公式サイト連載中「目と耳のライディング」第135回にアップした。ご笑覧いただければ幸いです。

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風邪予防

昨シーズンは「お茶うがい」と「手洗い」で、風邪をひかずにすんだので、今年も始めた。

朝食後、ティーバッグをグラスに入れておくと、午後には水出し紅茶の「うがい液」ができる。これで十分に効果がある。手洗いは、もちろん合成ではなく、普通の石鹸で。

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館長講座を聴く(岩手県立美術館)

岩手県立美術館がひらいている館長講座(今年度のテーマは「ヴェネツィア派と北イタリアの絵画」の第3回(10月22日・日曜日午後2時~4時)は実に楽しかった。

ルネサンスやバロックの美術を観るには聖書の知識が不可欠なのだが、イタリア・ルネサンス美術がご専門の佐々木英也館長が噛み砕いた解説(クリスチャンが聞いたら卒倒したかもしれない)をしてくださったおかげで、これまで「教科書に載っている絵」という見方をしていた作品が、ぐっと身近なものになった。

ティツィアーノが当時の画壇で果たした役割は大きく、ティツィアーノの登場によって西洋美術は大変革を迎えたという。歴史的に突出していた、というなら、その後に忘れ去られる場合もあるが、ティツィアーノの芸術は今日もなお高みにある。だから、画家はティツィアーノに今も必死に学ぼうとするし、美術愛好家からも変わらぬ称賛を得ている。

難しい話を難しいまま話すことは誰にでもできる。が、佐々木館長はかなり高度な内容を、わたしたちの日常の言葉でお話しになる。しかも、随所にユーモアがにじんでいるし、「大人向けの話」もニコニコとされる。そう、これは「贅沢な大人の時間」だという気がした。

スライドで紹介された代表作の内、数点をぼくは今年「プラド美術館」展で観ている。とてもいい展覧会だったが、佐々木館長が一緒だったら、感激もひとしおだったに違いない。

それにしても、無料でこれだけ充実した講義を受けられるのだから、岩手県立美術館ができて本当によかった。

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ふたりの巨匠

24日(火)は、青木十良(じゅうろう、と読みます。十番めのお子さんだそうです)チェロ・リサイタルを聴いてきた。91歳、おそらく世界で最高齢の現役チェリストといわれている。

この方、東京あたりではフジコ・ヘミング以来の大ブームになっていて、コンサートのチケットがなかなか手に入らないし、もともとコンサートの数も少ない。それが盛岡で聴けるのだから、幸せだ。

枯淡の味わい、円熟の境地……という先入観で行くと、みごとに(いい意味で)裏切られる。なにしろ、瑞々(みずみず)しい。

聴いていて、なぜか涙が溢れてきて、自分でも訳がわからず、大いに戸惑った。こんなことはめったにない。

どうしてだろう?

いろいろ考えていて、一関ベイシーのマスター菅原正二さんの言葉を思いだした。

「ジャズだろうとクラシックだろうと名手が奏でる楽器は哀しい響きがするものだよ」

今日の午後、青木十良さんによる放送大学公開講座がある。それと合わせて、いずれ「目と耳のライディング」に書こうと思っている。

昨日(25日)は緒形拳ひとり芝居「白野」を見た。こちらはグッと抑えた円熟の演技だった。

密度が濃いのに、アクの強さがない。まるで小川のせせらぎのような印象を与える芝居なのだ。これについても「目と耳のライディング」に書くつもりだ。

二晩、なんとか時間をやりくりして出かけた甲斐があった。

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岩手川の保存・活用に向けて

伝統的な町並み保存の気運が高まり、ユニークな活動をつづけている鉈屋町に、いくつか問題が生じている。そのひとつは、破産した岩手川(酒造メーカー)が有していた盛岡市指定建造物の行方である。

月曜日に旧岩手川を見学してきた(盛岡タイムスの記事をご参照ください)。
買い取りを含めて保存を検討していた市は、取得を断念した(お金がないのです)。ただ、買い取りに名乗りをあげている業者の内のいくつかが「保存活用に協力したい」と申し出ているという。ありがたい話だ。
今回は改めて旧岩手川の価値を見直し、今後のあり方を考えていこうという趣旨で集まった。市民の声が高まることが大切なのだ。これからの活動の大きな一歩になる、実のり多い話し合いになった。

なお、記事中の建て売り住宅は、市が景観指導をしたにもかかわらず、まったく無視して短時間で建てられている。。商売だから何をしようと勝手といえば勝手だが、あのうちに住む人は後々まで白い目で見られるだろう(住む人の責任ではないのだが)。

ただし、この町並みを壊して道路を拡幅するという道路計画はまだ生きている。それなのに景観指導も何もあったものではない、という意見があったことも付け加えておきたい。
いずれにしても、市は道路計画の見直しを明らかにするべき時期だろう(実際、財源がないので計画実施は不可能といわれている。旧岩手川さえ買い取れないのに、さらに規模の大きい道路拡幅工事ができるのかどうか疑問だ)。

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ジョアン・ジルベルトへの旅 1

来月、ジョアン・ジルベルトが三度めの来日をします。デジタルARENA連載中『デジタルな旅、アナログの道』に「ジョアン・ジルベルトへの旅」と題してにジョアンへの思いを綴ります。

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さいとうじゅん氏と会いました

まったく書いた覚えのない文章を褒められたことがある。それも、一度や二度ではなかった。

同姓同名で、年齢も近く、しかも盛岡出身のネイチャーライター(自然をフィールドにした環境文学の書き手)がいるらしいと気がついたのは8年ほど前だったろうか。その後、斎藤潤さんという存在を知った。

間違われるたびに(あるいは、褒められるたびに)「あちらは東大出身の秀才、こっちはしがない三文小説家」と、別人であることを説明してきた。

もう一人の「さいとうじゅん」さんにいつか会えるだろう、と思っていた。そして、先日、ようやくそれが実現した。

あるシンポジウムのゲストとして斎藤潤さんが盛岡にいらっしゃった。ほんの十数分だけお話する機会があった(みちのく国際ミステリー映画祭の最中だったため、ぼくも時間の余裕がなかった)。

「会えるだろうと思ってました」と、斎藤潤さんもおっしゃっていた。で、もう一人ネイチャーライティングをやっている斎藤潤さんがいるのだそうだ。

「だから、こっちはなおさらややこしいんです。原稿料が間違って振り込まれたり……」

それは、ぼくも実は経験がある。宮沢賢治の研究家に「斎藤純」先生がいるのだ。その先生の原稿料がぼくの口座に入っていた。黙ってもらってようかと思ったが、気が小さいので、ちゃんと出版社にお返しした。

ほかに有名なファッションデザイナーの斎藤純さんがいるし、大活躍中のジャズドラマーの斎藤純さんがいる。

いつか「さいとうじゅん」が集まってサミットを開いたら、面白いかもしれない。

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焼酎の牛乳割り

先日、初めて「焼酎の牛乳割り」を飲んだ。そういうものがあることは以前から知っていたのだけれど、何となくゲテモノっぽくて飲む気が起きなかった。その日は空腹だったので、「栄養とアルコールを一緒に摂ろう」と(浅はかにも)思ったのだ。

見た目はまったく普通の牛乳だ。凝固するでもなく、分離するでもない。おそるおそる口をつけてみる。牛乳の味と焼酎の味がするだけだ。拍子抜けがした。意外な組み合わせであるにもかかわらず、味には意外性がないのだ。

ま、当り前といえば当り前のことかもしれない。

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アート@つちざわ を観る

旧東和町(花巻市東和)に行ってきた。 プリウスに折り畳み自転車を積んでいき、去年よりさらにパワーアップした〈アート@つちざわ〉(←残念ながら公式サイトがダウンしているので、簡単な情報だけ)を楽しんできた。

写真はこちら

これらの写真の中には、作品ではないものも含まれている。普通の町並み、廃屋、野良猫などがそうです。が、そういうものも作品に見せてしまうところが、このイベントのもうひとつの眼目なのではないかと思う。

昨年とは違ったまちの顔を見ることができた。

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十和田八幡平国立公園50周年

10 R1150ロードスターで、八幡平樹海ライン・八幡平アスピーテラインをまわってきた。

松川温泉付近の紅葉が素晴らしかった。地上のすべての色の見本市といった様相を呈していた。が、樹海ラインを駆け上がっていくと八幡平の紅葉はもうシーズンを終えていた。

十和田国立公園に八幡平地区が加わり、十和田八幡平国立公園となって今年で50周年。実は6年前に、岩手県立美術館の美術館協議委員会の席上で「それを記念して、2006年に〈描かれた十和田・八幡平〉展を開催してはどうか」と提案したことがある。国立公園協会も持っているが(絵画一覧 参照)、各地の美術館やコレクター、各自治体から集めればかなりの数になるだろう。

しかし、この提案は実現しなかった。開館して間もない岩手県立美術館には無理な相談だったに違いない。

また、そのころは日本ペンクラブの理事をつとめていたので、その理事会で「十和田八幡平国立公園50周年を記念した紀行文、随筆集を日本ペンクラブの編集で出してはどうか」と提案したが、これも実現しなかった。日本ペンクラブも他の出版物で忙しくて、手がまわらないのだ。

青空の下、そんなことを思いだしながら、わずか3時間ばかりだったが、秋のツーリングを楽しんだ。

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ホンダCBR1000RRとの1500キロ

ホンダCBR1000RRとの短いアバンチュールを「デジタルの旅、アナログな道」(日経BP社)に掲載しました。

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ベルギー美術館展

岩手めんこいテレビ公式サイト連載中「目と耳のライディング」第134回に、上野の国立西洋美術館で観てきた「ベルギー美術館展」の鑑賞記を書きました。

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「新撰組血風録」を読む

日本で唯一の文士劇が、岩手県盛岡市でおこなわれている。今年は浅田次郎氏、北方謙三氏、井沢元彦氏、内館牧子氏が特別出演する。もちろん、地元の高橋克彦氏、北上秋彦氏、それにぼくも例年通り出演する。場所はいつもの盛岡劇場(12月2~3日にかけて全4公演)。

だしものは「新撰組(全六場)」である。ぼくの役は槍の使い手として名を馳せた原田佐之介。勉強のために司馬遼太郎著「新撰組血風録」を手に取った。

本当は「燃えよ、剣」を読みたいのだが、時間がないのと演出家の浅沼久さんの「狙い」を理解するためにもこっちを読むことにした。

浅沼さんが「この芝居の鍵は六十年代安保の熱気だ」とお話ししていた。本書を読めば、その意味がわかる。なにしろ、粛清につぐ粛清である。薩長の志士よりも、身内で殺し合っているほうが多いのではないか、と思わせるほどの粛清が描かれている。 これを読んで、かつて学生運動末期に見られた内ゲバを連想しない人はいないだろう。

近藤勇、土方歳三らはもともと武家の出ではない。それゆえ、「武士らしさ」に強くこだわり、厳しい規律を重んじた。それが「粛清」という形になった。

歴史音痴のぼくがこんなことを言うのもなんだが、武士という権力の形に拘泥した新撰組は、まさに滅びゆく側の象徴だった。もっとも、薩長にしても、維新後のありさまを見れば(ごく一部の人物を除いて)新時代の象徴とは言い難い。だから、 同じ穴のムジナが血を流しあったにすぎないという印象をぼくは持っている。ま、戦争とはそういうものだろう(こんにちの中東対ブッシュ・アメリカも同じだ)。

ところで、司馬遼太郎も別のところで盛んに書いているように、維新後の新時代をリードするのは、原敬に代表されるように、「負け」て「賊軍」とされた東北から続々とあらわれた人材だった。新撰組を演じる前に、そのことに一時思いをはせた。

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映画祭を終えて

第10回みちのく国際ミステリー映画祭が終わった。コンパクトな、しかし、密度の濃い内容だったと思う。

盛岡の街もこの映画祭が始まった10年前とは違った状況を迎えている。郊外に中央から大型店が進出し、大きなダメージを受けているのだ。その意味で、今後、この映画祭は「中心市街地活性化」のひとつの要になっていくだろう。

シネマパレードの際に、ゲストの風間トオルさん、板谷由夏さん、高山由紀子監督らが「生活に密着した小さなお店がたくさんある」、「後でゆっくり歩いてみたい」、「シャッター街化が進んでいるなかで盛岡は立派」、「買い物をしてみたいと思うようなカワイイお店があった」とおっしゃっていた。こちらは何も説明をしなかったが、この映画祭が「映画」だけを目的としたものではないことを、ゲストのみなさんは敏感に感じ取られていた。

今年は教育会館で「花くれないに」を特別上映し、満員になった。教育会館があんなに一杯になったのをぼくは初めて見た。「ミステリー」に縛られず、「映画の街」を意識したセレクトが功を奏した。また、「シネ街ック」展も好評を博している(11月13日まで、大通りリリオで開催中)。こういう広がりを得たのは大きな収穫といっていい。

けれども、この映画祭の大きな柱だった新人監督奨励賞を実施しなかったのは残念でならない(予算不足によるものだと聞いているが)。

盛岡出身の映画評論家・細越麟太郎氏がクロージングセレモニーで「今年をひと区切りとし、来年をまた一回目と思って、新たな気持ちで取り組んでもらいたい」と、熱のこもったスピーチをされた(細越さんには裏でも表でも物心両面にわたって、惜しみない協力をいただいてきた)。この言葉を実行委員会と共にしっかり噛みしめたい。

蛇足だが、「何億円も使えて、いいな」と羨んでいた映画祭を開催してきた自治体が破産した。その派手な映画祭に比べて「目立たない」「負けている」と言われながら、ぼくたちはしぶとく続けてきた。それは、支えてくださる市民、映画ファン、映画関係者、小説家らのおかげだ。改めて感謝すると共に、来年以降もしぶとくやっていくことをここで密かに宣言しておきたい(って、ぼくが宣言しても何の効力もないんだけど)。

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映画祭でお会いしましょう

今日から第10回みちのく国際ミステリー映画祭がはじまります。期間中、映画館通り界隈をうろうろしていますので、見かけたら声をかけてください。

参加するイベントはオープニングパーティとクロージング・セレモニー(スピーチを頼まれています)、シネマパレード、酒ミステリーパーティ(飲み会ばっかだ)、下記朗読会です。朗読ではなく、場つなぎにギターを弾きます(笑)。

■日時 : 10月14日(土)15時開演
■会場 : 大通リリオ3Fイベントホール
■出演 : 風間トオル(俳優)、板谷由夏(俳優)、斎藤純(作家)、高橋克彦(作家)、島本理生(作家)、西木正明(作家)
※整理券は会場受付で開演1時間前から配布。映画祭上映作品のチケットをお求めいただいた方にのみ発券いたしますので、チケットまたは半券を受付の者にご提示下さい。

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CD整理

いつかはやらなければ、と思いつつ先のばしにしてきたCD整理に着手した。

261483_3157547349 対象はバロック部門。バッハの「ブランデンブルク協奏曲」が何種類もあるのはそう珍しくないと思うが、「フーガの技法」、「音楽の捧げ物」、「ゴルトベルク変奏曲」はさまざまなCDがある。ギター独奏版、弦楽四重奏版、オーケストラ版などの「フーガの技法」はオーセンティック派やバッハ心酔者は顔をしかめるかもしれない。もちろん、ほとんどは古楽演奏なのだが。

バッハとヴィヴァルディが多い(といっても、クラシックファンから見れば少ない)のは当然だ。ルクレール、ビーバー、テレマンが何枚もあるのは自分でも意外だった。

CD整理は、すでに弦楽四重奏/室内楽部門(これが最も多い)を終えているので、後はブラジル音楽部門、ジャズ部門、ロック部門の整理が待っている。ま、気長にやっていこう。

それよりも大変なのは本の整理だ。本棚をはみだして、床から積み上げられ、部屋を占拠している。もう本棚を置く場所もない。困った。

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ホンダCBR1000RRとの1500キロ

ホンダCBR1000RRとの短いアバンチュールを、デジタルARENAに今週と来週の二回にわたって掲載します。

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駐車帯を駐輪帯に

盛岡市の大通商店街パーキングチケット駐車帯の一部を、今日午前8時半から31日午後時までの22日間、駐輪帯へ試験的に転換する。4カ所10台分の自動車駐車帯を自転車98台分の駐輪スペースとして使用する。同商店街歩道の安全、快適な歩行者空間の確保を図るため昨年に続いて行われる。

場所は北側が大通1丁目のミスタードーナッツ前3台分、同2丁目のCT-33ビル前2台分、南側が同2丁目の野村証券盛岡支店前2台分、同3丁目のクリエイトビル前3台分。

1カ所につき19~30台の駐輪スペースとなる。フィールドアーチやバーで連結させたコーンなどを使い表示する。自動車走行帯は従来通り通行できる。

これを踏まえ駐輪帯に転換した場所周辺の歩道区間の駐輪状況を実験前と比較し、効果を検証するのが目的。

大通り商店街は、郊外の大型店との差別化を図るうえでも、自転車で利用しやすい商店街をぜひ目指してほしいと常々発言してきたので、この種の試みは大いに応援したい。

ちなみに、あの駐車帯は(市道なので)盛岡市が整備したが、管理は所轄の警察が担当することになっている。つまり、駐車料金は整備した盛岡市ではなく、管理する警察の収入になっているのだそうだ。

したがって、この種の試みを実施する場合、警察の収入分を事業主催者(今回の場合は大通り商店街)が肩代わりしなければならないこともあるらしい。今回、警察が無償で協力したのかどうか未確認だ。駐輪帯の設置は市民からの要望が強いのに、なかなか本格実施ができないのは「警察の収入が減る」ため、許可が下りないせいだと、関係者から聞いた。要するに「地域活性化」よりも「駐車帯収入」のほうが大事ってことなんでしょうね。

大通りの場合、駐車場は民間のが充実しており、駐車帯を減らしても駐車場不足にはならないだろう。

これまで、自動車利用者の求めに応じて駐車帯や駐車場を整備して「クルマ優先」のまちづくりに励んできたが、そろそろ、自転車と歩行者の求めに応じたまちづくりへ転換しても罰はあたるまい。

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アイルランドへの想い

なぜか、若いころからアイルランドにシンパシーを感じてきた。
中央政権から常に虐げられ、いわれのない差別を受けてきた岩手とアイルランドには共通点が少なくないような気がしている。

これまでにも、アイルランドに関連したコンサート展覧会に接するたびに、その想いを綴ってきている。

環状列石や巨石文化(アイルランドのドルメンと遠野の読石はそっくり)、ケルトと蝦夷、原敬とケネディ、ウィスキー(スコットランドにおかぶを奪われたが、アイルランドが発祥の地だ)と酒(岩手は南部杜氏が有名。「灘の名酒」も南部杜氏がいたからこそ生まれた)、アイルランドの妖精の物語と遠野物語、貧しい風土、なのに多くの作家を輩出している(岩手は人口比率でいうと、最も多くの作家をだしてきた土地だ)等々、ざっと思いつくだけでもアイルランドと岩手にはこれだけ共通項がある。

そんなアイルランドを知る入門書としてオフェイロンの「アイルランド」を選んだ。作家の視点で描かれたアイルランドを楽しく読んだ。
偏見といわれるかもしれないが、やはり岩手と似ている(笑)。

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嵐の中

盛岡城跡公園(岩手公園)100年まつり記念シンポジウム

にお越しいただき、ありがとうございました。 シンポジウムも、客席からのご意見も、ひじょうに濃い内容だったと思います。

世論を二分した「盛岡城跡公園」名称問題ですが、これを契機により親しまれる公園にしていこうという姿勢で一致しているのは確かなことです。中心市街地活性化の鍵を握っているという認識も共通しています。

ただ、これだけ地元では大騒ぎしたのに、全国ではおろか、東北でさえニュースとして取り上げられなかったのは残念というか、悔しいというか。要するに我々の盛岡城跡公園(岩手公園)は「その程度」でしかない。

これがたとえば、青森県弘前市が「今後は弘前公園とか弘前城という俗称を用いてはならん。正式名称の鷹揚園で統一する」と発表したら、全国ニュースになるだろう、なんてことを思いました。

ところで、いしがき文化祭・盛岡城跡公園吟行で詠んだ寄りかかる 秋の石垣 夏いずこが入選しました(拍手)。ビギナーズラックですが、やっぱり嬉しいものですね。選者の先生のお一人から、もの言わぬ 冷たき石の 幾年月(いくとしつき)も褒めていただいた。

それはともかく、城下町であることを今後もアピールしていくうえで、やはり旧町名復活をぜひ実現させたい、と改めて強く思いました。

10月9日追記:今朝の盛岡タイムスに記事が出ました。ガラガラの空席は見ないふりをしてくださいネ。

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ギターの練習

来週末は第10回みちのくミステリー映画祭がある。

恒例の朗読会で、今回は朗読ではなく、ギターを弾かされるハメになった。ぼく一人では心細い(というより、単なるお耳汚しになる)ので、ぼくの旧友でギターの師匠でもあるbichaさんに助っ人を頼んだ。彼はブラジル音楽の第一人者だ。

今日は3回めの練習があった。あと2回くらいしか合わせる時間がないが、ま、ナントカなるだろう。ちなみに曲はボサノヴァの名曲「イパネマの娘」、「ワンノート・サンバ」とショーロの「ならずもの」、「鐘の音」。

【野村胡堂・あらえびす記念館協賛 映画祭ゲスト朗読会】
■日時 10月14日(土)15時開演
■会場 大通リリオ3Fイベントホール
■出演 風間トオル(俳優)、板谷由夏(俳優)、斎藤純(作家)、高橋克彦(作家)、島本理生(作家)、西木正明(作家)
※整理券は会場受付で開演1時間前から配布。映画祭上映作品のチケットをお求めいただいた方にのみ発券いたしますので、チケットまたは半券を受付の者にご提示下さい。

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盛岡城跡公園(岩手公園)100年まつり記念シンポジウム

下記のイベントで、講演をします。無料ですので、ぜひ足をお運びください。

盛岡城跡公園(岩手公園)100年まつり記念シンポジウム

■ テーマ
『盛岡城跡公園(岩手公園)と盛岡のまちづくり』

■ 趣 旨
盛岡城跡公園(岩手公園)は、盛岡城跡を整備し明治39年(1906年)に開園されて以来、石川啄木や宮澤賢治をはじめ盛岡市民の憩いの場となるとともに、その石垣の雄大さから県を代表する名所として多くの観光客も訪れております。
また、盛岡城跡公園(岩手公園)は、盛岡のまちの中心として「盛岡のまちづくり」にとっても「時間」,「空間」の基点・原点となっております。
平成18年は、開園から100周年を迎え、盛岡市生まれの作家斎藤純さんに「岩手公園と盛岡の文化」と題しての記念講演をはじめ、パネルディスカッションにより「盛岡城跡公園(岩手公園)と盛岡のまちづくり」について語り合い、盛岡城跡公園(岩手公園)開園100周年を祝うものであります。

■ 主 催
岩手公園開園100周年記念事業実行委員会
  
■ 後 援
IBC岩手放送,朝日新聞盛岡総局,岩手朝日テレビ,岩手日報社,NHK盛岡放送局,河北新報社盛岡総局,共同通信社盛岡支局,産経新聞盛岡支局,時事通信社盛岡支局,デーリー東北新聞社,テレビ岩手,日本経済新聞社盛岡支局,毎日新聞盛岡支局,めんこいテレビ,盛岡タイムス,読売新聞盛岡支局

■ 開催日時
平成18年10月7日(土曜日)・午後1時30分~午後4時30分

■ 会 場
盛岡劇場メインホール

■ 次 第   (出演者敬称略)
1.開会……13:30
2.挨拶
   岩手公園開園100周年記念事業実行委員会 会長(盛岡市長) 谷藤裕明 ……13:35
3.記念講演  「岩手公園と盛岡の文化」 斎藤純 〔作家〕……13:40
4.ビデオ上映  「盛岡城跡公園(岩手公園)をつくった人々~長岡安平~原敬」 ……14:40
5.盛岡城吟行表彰式 (盛岡城いしがき文化祭)
  ……14:50
6.パネルディスカッション……15:00
 『盛岡城跡公園(岩手公園)と盛岡のまちづくり』
パネリスト 神 山  仁   〔日本城郭史学会委員〕
      新 沼 正 博  〔盛岡市都市整備部長〕
      林  晶 子   〔盛岡商工会議所女性会会長〕
      牧 野 立 雄  〔宮澤賢治研究家〕     
コーディネーター  望 月 善 次
     〔岩手大学教育学部教授,宮澤賢治センター代表〕

6.閉会     ……16:40
  (時間割等若干の変更が生ずる場合があります。)

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リュートとテノールを聴く

目と耳のライディング」第133回に、長尾譲(テノール)、井上周子(アーチリュート、ルネサンスリュート)、遠藤幸恵(ルネサンスリュート)のコンサートのことを書きました。遠藤さんは盛岡を拠点にリュート音楽の魅力をひろめている方です。

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盛岡城跡公園のこと

今週末(土曜日)午後1時半から、盛岡劇場メインホールで、岩手公園開園100周年記念のシンポジウムが開催される。「盛岡城跡公園と盛岡の文化」という(そういう題を与えられたのです)講演をします。無料ですので、ぜひ足をお運びください。

その勉強のため、というわけでもないのだけれど、今日午前中に盛岡市中央公民館へ行き、郷土資料展示室で開催中の企画展「盛岡城と岩手公園」を観た(ぼくが所属している文化地層研究会の高橋智代表とばったり)。

展示資料を見ていたら、歴史的には「使われなくなっていたはず」の明治末期に「不来方城」という名称が公文書に堂々と記載されているではないか。ある郷土史家のところで、ぼくは「盛岡城公園」と記載された、昭和初期の新聞記事などを見ている。

要するに「時と場合によって」さまざまな呼ばれ方がされてきたのであり、必ずしも「岩手公園」だけで統一されてきたわけてはないようだとわかる。講演では「盛岡が文化のまちと呼ばれる所以」をお話ししようと考えているが、こんなことなども取り上げてみたいと思っている。

午後は野村胡堂・あらえびす記念館(紫波町)で、文章講座の第二回。課題の提出率100パーセント、出席率もほぼ100パーセントと受講者がとても熱心だ。みなさんから「楽しい」とおっしゃっていただき、これも励みになる。

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