「新撰組血風録」を読む
日本で唯一の文士劇が、岩手県盛岡市でおこなわれている。今年は浅田次郎氏、北方謙三氏、井沢元彦氏、内館牧子氏が特別出演する。もちろん、地元の高橋克彦氏、北上秋彦氏、それにぼくも例年通り出演する。場所はいつもの盛岡劇場(12月2~3日にかけて全4公演)。
だしものは「新撰組(全六場)」である。ぼくの役は槍の使い手として名を馳せた原田佐之介。勉強のために司馬遼太郎著「新撰組血風録」を手に取った。
本当は「燃えよ、剣」を読みたいのだが、時間がないのと演出家の浅沼久さんの「狙い」を理解するためにもこっちを読むことにした。
浅沼さんが「この芝居の鍵は六十年代安保の熱気だ」とお話ししていた。本書を読めば、その意味がわかる。なにしろ、粛清につぐ粛清である。薩長の志士よりも、身内で殺し合っているほうが多いのではないか、と思わせるほどの粛清が描かれている。 これを読んで、かつて学生運動末期に見られた内ゲバを連想しない人はいないだろう。
近藤勇、土方歳三らはもともと武家の出ではない。それゆえ、「武士らしさ」に強くこだわり、厳しい規律を重んじた。それが「粛清」という形になった。
歴史音痴のぼくがこんなことを言うのもなんだが、武士という権力の形に拘泥した新撰組は、まさに滅びゆく側の象徴だった。もっとも、薩長にしても、維新後のありさまを見れば(ごく一部の人物を除いて)新時代の象徴とは言い難い。だから、 同じ穴のムジナが血を流しあったにすぎないという印象をぼくは持っている。ま、戦争とはそういうものだろう(こんにちの中東対ブッシュ・アメリカも同じだ)。
ところで、司馬遼太郎も別のところで盛んに書いているように、維新後の新時代をリードするのは、原敬に代表されるように、「負け」て「賊軍」とされた東北から続々とあらわれた人材だった。新撰組を演じる前に、そのことに一時思いをはせた。
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