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市民が問われる

今日の盛岡タイムスに、市の補助事業に対する第三者評価の記事が掲載された。

これについては、盛岡市行財政構造改革推進委員会の会議でも報告があった。その際、委員から「これでもまだ甘いのではないか」という意見が少なからずあった。ぼくは同委員会の指定管理者専門部会なので、直接、この評価には関わっていない。

担当した委員から、「数値だけで判断できない、それぞれの事情があって、簡単にはいかないことが今回のヒアリングなどでわかった。いっきにバサッと切るわけには、やはりいかない」というお話があった。

これまで、放置してきたツケなのである。もっと早く手を打っておくべきことが、何十年もほったらかしにされてきた。その結果、慣習と既得権が幅をきかせるようになってしまった。

これは官僚(市役所)だけの責任ではない。すべて議会を通っていることを忘れてはならない。議会を通っているということは、われわれ市民が「了解してきた」ということを本来意味している。

今、市役所は大改革を(ゆっくりとではあるが)着実に進めている。それに対して、議会はどうだろうか。残念なことに、議会が市民の代表として機能していると信じている市民が、果たしてどれだけいることか。

今必要なのは議会の改革なのではないだろうか。

先日、夕張市の市長以下、役所の幹部一同が市民に「最低限の暮らしを強いられる」と説明する会のようすをニュースで見た。市民は怒り、泣き叫び、市長を糾弾していた。

だが、あえていうが、ああいうずさんな行政を認めてきたのは、ほかならぬ夕張市民だ。市長も市会議員も選挙によって市民に選ばれた人たちなのだ。それを忘れてはなるまい。つまり、酷なことをいうようだが、今ある夕張市の姿は夕張市民が選んだ道の結果でもある。

盛岡市も岩手県も夕張市とは紙一重の財政状況だ。もっというならば、日本の国そのものが、最大の借金王国だ。

これまで市民は選挙についても、議会(国会)についても無関心(あるいは放任主義)でありすぎた。そのツケが市民(国民)にまわってくることは夕張市を見れば明らかだ。来年は選挙の年で、市議選、市長選、知事選、参議院選挙などがある。

本当の意味での「市民(国民)の代表」を議会(国会)に送り込むチャンスを決して逃してはならない。選挙というのは、畢竟、市民(国民)が問われる場なのだ。

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日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

そう思いますが、予算案を作り、いずれにしても議会によって振り分けられたお金の使い方を決めるのは縦割りにされた役所なのではないでしょうか。そして、その役所にあらゆる方法で入れ知恵しているのは?

もっと、直接民主制を取り入れていくべき部署があっても良いのかもしれません。
あとは、単年度会計をどこまで変えられるか。

社会とか経済とか政治は本当にわからないので、とんちんかんなことを言いますが。

投稿: カジパ | 2006年11月25日 (土) 00時27分

わかっちゃいるけど変えられない。
昼時になると勝手によだれが出てくるパブロフの犬みたいに、慣習にとらわれた人々で構成されているのが今の日本だ、といっては言いすぎでしょうか?
選挙の日、投票箱の前に立って、心の底
では改革を必要としているのに、惰性の候補に丸付けてしまう人って、なんか結構多いような気がする。

また、哲学がないって言われてしまうかしら?

投稿: 名もなき詩人 | 2006年11月25日 (土) 00時47分

み…耳が痛いご発言。自戒します。

バブル崩壊までの日本は、黙っていても経済成長がありましたので、増えた富の分配を、自分の支持団体に有利になるように行わせる事が議員の仕事でした。議会は未だ、その感覚から脱却できていないのでしょう。
全体の利益を考えるためには俯瞰する視点が必要ですが、議員はこれがなかなか難しい。だって、議員のバックには何らかの団体がいることが多いのですもの。「悪いけど俺も色々あってさ」と言うセリフを何度聞いたことか。

カジパさんが言うように直接民主主義の手法を部分的に導入するのも「あり」だと思いますが(欧州ではある程度やっているのではないのかしら)、今の盛岡市の規模はちょっと大きすぎて、難しいかもしれません。

ちなみに、今のままで行けば、盛岡市では衆議院補選もありますよ。

投稿: s | 2006年11月25日 (土) 01時02分

カジパさん>大意には賛成なんですが、直接民主制の部分をどの部分にしましょうか。ただ、これに反対するのが議会なんですね。「我々は民意を代表している」ということで。

名もなき詩人さん>そうなんですよね。投票所は密室なんだから、たとえ裏切ってもバレないのにね。

sさん>族議員やしがらみ議員も必要なのでしょうけれど、そればかりじゃ……。

101さん、トラックバックありがとうこざいました。市議会と県議会の議員ウォッチ(議員採点制度)というのを知人らと話し合ったことがあります。政事記者、議会ウォッチャー、役人(この人選が難しい)で構成する(もちろん、匿名)。

無理だなあ、という結論になったのですが。

投稿: 著者 | 2006年11月25日 (土) 08時27分

>>今ある夕張市の姿は夕張市民が選んだ道の結果でもある
夕張市の部分を「日本」、市民を「国民」に読み換えて後悔する(財政以外の全てについても)事にならないよう行動しなくては思います・・・。既に相当来ちゃってますが・・・。済みません、話題からずれてます。

投稿: wetware | 2006年11月25日 (土) 12時21分

皆さんのコメントを読ませていただいて、市町村議会って何?って話が大事なのかなと、僕の様な政治おんちのおやじは思ってしまいます。たぶん多くの僕の様な投票する権利を持っているのにその価値が分かっていないおとな子どもにとって最初のハードルはそこだったりして。

議会ウォッチや議員ウォッチはそう難しい事ではないと思います。バイアスがかからないようにすればいいだけの話です。インターネットある程度スペースフリーなので、議会でやりとりされた言葉をそのままのせればいいんじゃないかと。報道機関はどうしても紙面の問題もあり何らかの理由で選択してしまいますし、そこにバイアスかかってしまう要素も潜んでいますから。

投稿: 101 | 2006年11月25日 (土) 15時40分

wetwareさん>まさに、おっしゃるとおりだと思います。

101さん>議事録をそのまま載せて、理解できる人、読む人が果たしてどれだけいるかどうか、も課題となりそうです。実はそれを市民が率先してやらないと何事もよくならないのですが。

要するにわれわれ有権者の意識改革(とそれに伴う行動を)ということなのでしょうけれど、負担が少なくないですから、おいそれとはいきません。

投稿: 著者 | 2006年11月25日 (土) 21時39分

正直言いまして、普通に仕事をしている中で議員さんと会う機会は皆無でした。
最近でこそいろいろな会に時々ではありますが、顔を出しているとそれでも僅か数名の議員の方と接することが出来ます。

その他大勢の方は、いったい何処で何を考えて活動なさっているのか・・・もし会えば、私にも頭を下げてくれるのでしょうか。

昔は支持政党がありました。今は自分の住んでいる地域での繋がりのある方、もし無ければ、やはり支持出来そうな方を選びますが、先程書きました通り、その後のお付き合いはありません。

投稿: スモークマン | 2006年11月26日 (日) 13時27分

スモークマンさん>議員は後援会の集まりには熱心なようですが、広く市民から声を聴くということを@日常、どのようにして行なっているんでしょうね。

投稿: 著者 | 2006年11月27日 (月) 19時05分

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