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「中央」について考える

25日のブログで、あえて「中央」という語を使った。それに関して。

昨年の盛岡文士劇には、北方謙三氏、内館牧子氏、井沢元彦氏、浅田次郎氏が友情出演してくださった。これを伝える新聞記事に、「中央から(作家を招いて)」という書き方をしたのは、地元の岩手日報だけだった。他の各紙(岩手版)では、単に「ゲスト」とか「特別ゲスト」といった表現が使われていた。

実は井沢元彦さんが、関係者のいる席上で「ここにいる作家はみんな『中央』の出版社から本を出している。われわれゲストを指して『中央』の作家というのはおかしい。しかも、文士劇は盛岡でしかやっていないのだから、文士劇に関しては盛岡が『中央』なのです」とおっしゃった。

後半は半分お世辞としても、井沢さんが暗に言いたかったのは「こういう発想を地方から変えていかなければならない」という思いだったようだ。

しばしば「中央で活躍している」という表現にも出会う。住んでいる場所に関係なく、「中央で活躍している」人はいっぱいいるのだが。

浅田次郎さんは「単に地理的な意味で関東地方を『中央』と称しているのではないか」とおっしゃっていた。

ぼくがFM岩手に勤めていたころ、「東京ローカル」という業界用語と出会って、驚いたものだ。東京ローカルというのは、東京だけで放送される番組のことだ。日本全体からみると、東京もまた一ローカルなのだと教わった。

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