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「祈りの絵」展

戦没画学生慰霊美術館無言館所蔵作品展が、今日からマリオス(盛岡市民文化ホール)展示ホールではじまった。今日は同小ホールで、館主・窪島誠一郎氏の記念講演があり、聴講してきた。

無言館には行ったことがある。

1998年、立山登山を無事に終えたぼくは、立山登山の長野側の拠点である大町から長距離バスで長野市へ移動し、長野市からJRで上田市へ、上田市から上田電鉄(単線で一両電車が走っていた)に乗って塩田町駅まで行き、そこから歩いて信濃デッサン館とその姉妹館で前年にオープンしたばかりの無言館を訪れた。

森に囲まれた教会のような静謐な美術館だ。とてもきれいな場所で、訪れた人たちが口々に「いいところだねえ」と感嘆しつつ、にこやかに無言館に入っていく。そして、出てくるときは目を真っ赤に腫らしている。

ぼくもその一人だった。

志半ばで戦地に散った画学生が残した作品や遺品が展示してある。絵は確かに無言であり、静かにそこにあるだけだ。しかし、観るものの心の奥深くに語りかけてくるものがある。

今日も展示ホールでは、あちこちから鼻を啜る音が聞こえていた。

窪島館主の講演について、ここでダイジェストする気は起きないが(そう容易にまとめられる内容ではなかったし、そんなことをしてはいけないような気もする)、ぼくは今日うかがったお話をこれからたびたび思いかえすだろう。また、そうでなければいけないとも思う。

ちなみに、講演には、小ホールに収まりきらないほど大勢の方が集まった。たぶん、マリオス史上初めてのことだろう。多くは年配の方々だった。20代とおぼしき女性たちが、人生の先輩たちに座席を譲るのを見て、いい集まりだなあ、と思った。

以下蛇足。

あの年の旅は、厄払いのつもりで出かけたのだった。寝袋などをつめた大きなザックを背負っていたので、バックパッカーのような気分だった。いつもはオートバイで旅しているから、電車やバスの乗り継ぎに不慣れで、「この線で間違っていないだろうか」という具合に緊張のしどおしだった。

立山頂上の神社で「ここまで無事にいらしたのだから、もう厄払いはすみましたよ」とおっしゃっていただいたときは嬉しかった。

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コメント

祈りの絵展、去りがたい気持ちで会場を後にしました。
画学生の、その時代に生きた息遣いを感じ、戦争があったことへの恨みだけではないと、感じました。芸術とは、時代を超えた存在なのではないでしょうか。

投稿: ニュートン | 2007年2月25日 (日) 18時24分

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