斎藤純が選ぶ100冊フエア
ちょっと前のことになるが、遠出のついでに盛岡インター近くのイオンに行った。書店に用があったのだ。まっすぐに岩波文庫の棚に向かう。目当ての本を探そうとしたとき、ぼくは「ゲゲッ!」と我知らず驚愕の声を上げていた。
岩波文庫の文庫本が一冊一冊、全部、ビニールに包まれていたのである。
ほかのジャンルでビニールに包まれているものは見たことがあるが(ビニ本なんて言葉もあった)、ビニールで包んだ岩波文庫には初めてお目にかかった。
これはある意味で、このお店の素性を公表していると思った。
昨日、別のイオンに行った。ここには地元の東山堂書店が入っている。開催中の「斎藤純が選ぶ100冊フエア」が好評につき、今月いっぱいまで延期になったというので、ご挨拶がてら行ってききたのだ。
好評というのは、ぼくの本が売れているわけじゃなくて(売れてほしいんですけど)、ぼくの選んだ本が売れているという意味だ。
これは、斎藤純が選んだから売れているのではなく、このフエアが、ふだん目にすることのない本に接する機会になっているのだと思う。
たいていの書店では美術書は美術書、音楽書は音楽書というように棚が分かれている。で、たいていの方は美術書や音楽書の棚を見ようとはしない。
ところが、「
斎藤純が選ぶ100冊フエア」の棚にはそれらはもちろんのこと、自然科学の本があり、環境問題を扱った本があり、自転車の本があり、小説もあるという具合に、一見、何の脈絡もない本が並んでいる(もちろん、ぼくのなかではそれらはどれもつながっているのだが)。
たぶん、この棚の前に立った方は、ふだん見ることがない本を目にする。
「へえ、こんな本があるのか」と手にし、(当然ビニールに包まれてなどいないから)パラパラとめくってみて、「なんだかおもしろそうだな」とレジにお持ちになる。
つまり、「斎藤純が選ぶ100冊」は本との新しい出会いの場なのだ。
昨日はお店の一角で、澤口たまみさんの文章講座も行なわれていた。
岩波文庫をビニールに包んでいる書店と東山堂書店のどちらが文化的か、改めて言うまでもあるまい。
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コメント
なぜビニールが。
立ち読みが多すぎたのか?
しばらく記事を見ながら考えてみたんですが、謎。手間もかかるでしょうに。
不思議すぎて、その本屋の店長に理由を聞いてみたくなりました。
投稿: Kenji | 2007年9月12日 (水) 08時28分
Kenjiさん、どうも。
岩波文庫は買い取りなので、汚れると商品にならないという事情があるようです。
が、それはどの書店も同じ条件ですよね。
投稿: 斎藤純 | 2007年9月12日 (水) 10時46分
最近はネット書店ばかりでリアル店舗の書店にはほとんど行ってない(;・∀・)
前潟イオンの書店ていうと雑貨屋風のあのお店ですね。若いころはああいう店に入り浸ってなんか面白いものないかなあとウロウロするのが大好きでした。悪くはないと思うんですけどねああいうスタイルの書店も。
表紙買い、タイトルに惹かれて買ってみるというのも博打みたいなもんでそれで当たればまたお気に入りの作家に巡り合えるってもんです。
作家の方に言うことじゃないですね・・・
投稿: たくと | 2007年9月12日 (水) 21時35分
たくとさん、どうも。
たくとさん、それはヴィレッジ・ヴァンガードですね。あそこはいいお店です。大通りにあればしょっちゅう行ってると思います(笑)。
前潟イオン店には別の大型書店も入っているのです。
投稿: 斎藤純 | 2007年9月13日 (木) 06時41分
あ、そうでしたか。失礼しました・・・
イオンができた当初、ビレバンが入ったので喜んで行きましたっけ。他にも書店あったんですね(全然見ていない)
南イオンはまだ行ったことがないので、フェア中に行ってみようかな。ちょっとバイクじゃ入りにくい感じがしてなかなか足が向かないんです・・・
投稿: たくと | 2007年9月13日 (木) 20時03分
書店って「出会いの場」でもあると思うのです。
「何だろ」と興味をもって、まずはパラパラっと捲ってみて、「付き合ってみようかな」というような・・・
「書店」だったらそういう気持ちを湧かせてナンボだと思います。
ビニ本じゃないのにビニールかけちゃうなんて、ただの「本屋」のように感じます。売れりゃいいんだっていうような。
投稿: ysh | 2007年9月14日 (金) 23時21分
yshさん、どうも。
あそこはめったに行かない店でしたが、もう決して行かないでしょう。
投稿: 斎藤純 | 2007年9月14日 (金) 23時37分