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野坂昭如著『文壇』を読む

草創期の電波業界でひっぱりだこだった野坂昭如氏が小説家としてデビューし、直木賞を受賞する前後の「時代の空気」が、文壇(主に文壇バーが舞台である)という切り口で綴られている。大変な記憶力にただただ驚くばかりだ。
今の若い作家たちはあまりお酒を飲まないこともあり、ここに描かれているような「文壇」はもはや存在しない。ぼくはかろうじて、その残り香を味わうことができた。

この本に登場する作家に関して、ぼくの個人的体験を記しておく。

■生島治郎氏は麻雀のときに生意気なので「ナマシマ」と呼ばれていた。野坂氏より3つ下で、先に直木賞を受賞。直後、「次はおまえさんだよ」と声をかけられたというエピソードが紹介されている。

野坂氏が心酔していた吉行淳之介の訃報は、その生島さんらと銀座「早苗」で飲んでいるときに知った。どこかの新聞がコメントをとるために生島さんの行きそうなところに片っ端から電話をかけていたのだった。
電話を終えて席に戻ってくるなり、「ひとつの時代が終わったな」とポツリ。

ぼくがニューヨークに行くとき、生島さんから「ジュンちゃん、○○(日本では買えない睡眠誘発剤)を買ってきて」と頼まれた。帰国後、お渡しする とレジ袋からトレンチコートのポケットにブツを移した。レジ袋など持たないのだ。レジ袋を持つくらいなら、トレンチコートのポケットをふくらませたほうが いい、そういう方だった。

■直木賞を先に受賞した五木寛之氏と接近遭遇した後、長部日出雄氏がよってきて「やはり気になりますか」と野坂氏に耳打ち。昔の長部さんはそういう方だったらしい。
ほかにも武勇伝をよく耳にしていたので、初めて新宿の某バーでお会いしたときはなるべく目をあわさないようにしていた。
が、ぼくが岩手出身だと知ると「ぼくが監督をした映画、柴田恭平が主演だったんだが、東北が舞台なのにこんな二枚目は似合わないと評論家にやっつけられた。評論家に君を会わせてやりたいものだ」と隣のスツールに移動してこられ、棟方志功のことなど長話になった。
もう15年も前のこと。そのころはすっかり丸くなっていた。

■残念ながら野坂氏にはお会いしたことも、お見かけしたこともない。接点がひとつだけある。ぼくの『百万ドルの幻聴』が吉川英治新人賞にノミネートさたとき、野坂氏が猛反対され、落ちた。もちろん、恨んでなどおりません。



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