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明日は我が身(誰もが加害者になりうる)

これまで自転車は「交通弱者」の面から語られることが多かったが、誰もが加害者になりうる。
ドライバーは万一のときのための備えをしているのに、自転車は法的な整備の不備に加えて、自転車を利用する人の意識も低い。

以下、毎日新聞の記事から。

銀輪の死角:自転車で亡くなるとは… 母失い埋まらぬ喪失感 加害者、重い代償

 ◇賠償5000万円、実刑、失職

 高額賠償を命じる判決が相次いでいることが判明した自転車を巡る交通事故。一瞬の不注意は被害者や遺族に大きな痛みや深い悲しみをもたらし、長く 癒やされることはない。加害者側にも賠償の負担に加え、刑事罰や失職など重い代償がのしかかる。手軽さの裏に潜んでいる「悲劇」が浮かぶ。【馬場直子、北 村和巳】

 05年11月、東京都杉並区の幹線道路。当時55歳の女性は、結婚したばかりの娘とその夫が訪ねてくるため、もてなしの買い出しに向かったところ だった。横断歩道を渡っていると、信号を無視して時速30~40キロで走ってきた自転車にはね飛ばされた。頭を打ち、意識が戻らないまま、数日後に亡く なった。

 「まさか自転車事故で亡くなるなんて」。遺族は信じられなかった。「なぜ歩行者の存在に注意を払ってくれなかったのか」。自転車を運転していた当時37歳の会社員男性に賠償を求めて提訴した。

 「大事な宝物を失った。『もういない』と思うと何もする気になれず、眠れない」

 「結婚準備で家具や日用品を一緒に選んでくれた母は、とても喜んでいた。家事を教わりながら新生活を始めるはずだったのに。夢であってほしい」

 訴訟で遺族は悲しみや怒りを訴えた。東京地裁は07年4月、男性に5000万円余の賠償を命じた。判決は「事故原因は加害者男性の一方的な過失。 遺族の思いは胸に迫るものがあり、涙を禁じ得なかった」と述べた。しかし、遺族の喪失感は埋まらない。「心の整理がつかない」と、弁護士を通じて癒やされ ない気持ちを語った。

 一方、加害者の男性は刑法の重過失致死罪にも問われ、禁固1年10月の実刑を受け収監された。現場の約30メートル手前で黄色信号を確認したが、後ろから来る自動車に気をとられ、事故の瞬間は「頭が真っ白になって」記憶はほとんどないという。

 事故当日は病院に付き添った。自身の母親も交通事故に遭ったことがあり、謝罪の意思はあった。だが、遺族とのやりとりを親族や代理人に任せたことなどで、思いは届かなかった。裁判では民事、刑事とも判決で「謝罪していない」と批判された。

 刑事裁判の1審判決後、遺族に「不注意で取り返しのつかない事態を引き起こしてしまいました」と手紙を書いた。「裁判対策だ」。遺族の怒りを増幅させただけだった。

 賠償金は所持するクレジットカードに付いていた賠償責任保険で支払った。刑期を務めて出所し、司法による償いも終わった。でも、仕事は失った。

 「直接話を聞きたい」との記者の申し入れに対し、男性は事故についてはもう触れたくないという様子で「勘弁してほしい」と周囲にポツリと漏らしたという。

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 ■解説

 ◇危険性、厳罰化で警鐘

 ◇保険、インフラ不十分 放置なら混乱必至

 歩道上の自転車事故で高額賠償判決が相次ぐとともに、主要4地裁の裁判官が「歩行者に原則過失なし」との「新基準」を打ち出したことは、自転車と 歩行者の事故急増を受け、司法が自転車利用者に「厳罰化」で警鐘を鳴らしたと言える。一方で、車の自賠責保険のような賠償を求められた際のセーフティー ネットや、自転車道などインフラ整備は不十分なままだ。この状態で厳罰化を進めれば大きな混乱を招くのは避けられず、今後、幅広い議論が求められる。

 日本弁護士連合会交通事故相談センター東京支部の部会長として自転車事故の判決例を分析した岸郁子弁護士は「司法はこれまで自転車を『歩行者寄りの存在』と考えてきたが、対歩行者の事故多発で『車に近い危険性を持つ』ととらえるようになった」と指摘する。

 被害者の一人は「自転車事故に共通するのは利用者の意識の低さ。いくつもの悲惨な事故が裁判所の(高額賠償や新基準という)判断につながった」と強調する。

 しかし、高額賠償や「新基準」が常態化しても、自賠責などのない自転車の利用者に支払い可能かといった新たな問題が生じる。歩行者側に後遺症が残ってもなかなか補償されず、加害者側も補償という重荷を負い続けるという状況が続出することも考えられる。

 歩道上に自転車と歩行者が混在する現状をどう転換するかといった問題も積み残されたままだ。司法の「問題提起」を機に、自転車との共生社会を真剣に展望すべきだ。【馬場直子】

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 ◆自転車を巡る主な動き◆

1970 車による自転車の死亡事故などの深刻化を受け、道路交通法を改正。自転車は公安委員会指定の歩道を通行可能に

 〃   「自転車道の整備等に関する法律」を制定

  78 道交法改正で自転車は「歩道通行可」の標識などがある歩道を通行可能に

  80 放置自転車問題が深刻化し「自転車の安全利用の促進及び自転車等の駐車対策の総合的推進に関する法律」を制定

  99 道路審議会が環境負荷の小さい都市交通手段として自転車利用への転換を答申

2001 「道路構造令」(政令)改正。自転車の独立した通行空間(自転車道など)の確保を求める

  06 警察庁が「交通安全対策推進プログラム」を策定。歩行中や自転車乗用中の死者を10年までに2割以上減少させる目標を設定

  07 道交法改正(08年施行)。児童らが運転する場合や、やむを得ない場合の自転車の歩道通行を容認

  09 自転車の3人乗りを解禁

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