さようなら、三浦哲郎さん
もう27年も前のこと。
私が『北の文学』(岩手日報社刊)に投稿していたころの選考委員が、太田俊穂岩手放送会長、三好京三先生、須知徳平先生、そして三浦哲郎先生だった。
太田会長、三好先生、須知先生が私を最優秀賞に推してくださったとき、三浦先生は「私はこういう作風は好きになれない。ちゃんと地に足の着いた小説を書いてほしい」と苦言を呈され
た。それは選評にも書いてある。
ただ、別の席で「だが、この人の文章力を認めないわけにはいかない」とおっしゃってくれたそうだ。この話は後に当時の学芸部長からうかがった。とても嬉しかった。
結局、お会いすることはなかったものの、感謝の気持ちを忘れたことはない。
心からご冥福をお祈りします。
■「忍ぶ川」、作家の三浦哲郎さん死去…79歳
(読売新聞 - 08月29日 17:37)
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「忍ぶ川」など磨き抜いた文章で私小説を極めた、作家の三浦哲郎(みうら・てつお)さんが29日、うっ血性心不全のため死去した。79歳。
告別式は9月6日午前11時、岩手県一戸町一戸大沢25の広全寺。喪主は妻、徳子(とくこ)さん。
青森県八戸市生まれ。早稲田大学政経学部を中退し、郷里で2年間、中学教師を務めた後、同大仏文科に再入学。在学中から作家の井伏鱒二に師事し
た。料理屋で働く女性と大学生の恋を描いた私小説「忍ぶ川」で1961年に芥川賞。叙情性の高い作品は栗原小巻さん主演の映画でも評判を呼んだ。
その後、若くして命を落とした兄や姉らを、故郷の風土を背景に次々と小説に描き、集大成といえる長編「白夜を旅する人々」で85年、大佛次郎賞を受賞。88年に芸術院会員。劇団四季のミュージカルになった「ユタとふしぎな仲間たち」など人気作も多い。
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コメント
明けましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いします。
昨年1月16日に盛岡市民文化ホールで《三浦哲郎文学の講演会・朗読会・映画『忍ぶ川』上映会》を開催した際に、お誘いの電話を差し上げたことが有る者です。
二戸市金田一で「三浦哲郎文学を読む会」の活動をしています。
今回、斉藤さんの三浦さん追悼のこの記事を拝読させて頂きました。
このことを、当方のブログ「三浦哲郎文学を読む会」で紹介させて頂きたいと思いますので、ご了承頂けないでしょうか。
http://blogs.yahoo.co.jp/onikosato/
よろしくお願いします。
投稿: okino.s | 2011年1月11日 (火) 21時54分
okino.sさん>どうぞどうぞ。
昨年は伺えず、残念でした。
投稿: 斎藤純 | 2011年1月12日 (水) 07時50分