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大好評! 三上亜希子展

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ブログ農家の嫁の事件簿でお馴染み三上亜希子さんの原画展が、昨日から岩手町立石神の丘美術館で始まった。
昨日は岩手町内で大きなイベントが重なっていたにもかかわらず、大勢の方にお越しいただいた。こんなにたくさんの方が初日に見えられたのは、美術館始まって以来のことかもしれない。

見どころは、埼玉県から縁あって岩泉町釜津田に嫁いできたAkiさんによる「よそから来た人がみた地元(岩手県)」だ。ここには、筑波大学で学ばれだ考古学と人類学(大学院)を基礎とする観察眼が活かされている。といっても、決して「アカデミック」な世界ではない。

地元の人にとってはごくあたりまえのことを、Akiさんは新鮮な驚きをもって受けとめている。そして、最も大切なのは、Akiさんの人間性が、その語り口に反映されていることだ。

御著書もたくさん売れた。Akiさんは一冊一冊に丁寧にイラストを書き、サインを入れていた。そういうところがAkiさんの魅力であり、それが多くの人を引きつけるのだろう。

ある方が「Akiさんは意識していないかもしれないけれど、Akiさんは私たち農家の嫁の代弁者であり、農家の嫁の希望の星なんです」とおっしゃっていた。ずばり言い当てていると思う。

昨日につづいて、今日も「東北文化の日」特典で入館料が無料です。この機会にどうぞご覧ください。

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三上亜希子展開幕

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岩手町立石神の丘美術館では、今日から『三上亜希子展 イラストでみる岩泉町釜津田のくらし』展がはじまりました。

今日と明日は「東北文化の日」なので、無料でご覧いただけます。

石神の丘美術館では、
平成22年10月30日(土)から11月28日(日)まで
「三上亜希子展 イラストでみる岩泉町釜津田のくらし」を開催します。


埼玉県生まれの三上亜希子(AKI)さんは、
1999年に岩手県岩泉町に移住し、
その後、同町釜津田で畜産・造林を営む農家に嫁いだことをきっかけに
ホームページやブログを通じて、
岩手県岩泉町釜津田の生活を
一人の生活者の視点から発信し続けています。

自然体で日々の暮らしを見つめた内容は多くの人の共感をよんでいます。

ブログをまとめた書籍『こちら北国、山の中』(2006年/小学館)、
書き下ろし『農家の嫁の事件簿』(2010年/小学館)の発刊や
岩手県県政広報誌「いわてグラフ」の担当コーナーを通じ、
ほのぼのとしたイラストと文章は、
さらに多くの方に知られ、親しまれているところです。


今回の展覧会では、
これまで画面上や紙媒体で紹介された三上さんのイラスト原画を紹介します。
手の跡や実際の色を感じ、
作品をきっかけに自身の暮らしや仕事、
自然環境等を見つめなおす機会となれば幸いです。

会期初日の10月30日には、
三上亜希子さんのギャラリートークが行われるほか、
美術館友の会が主催するオープニングパーティもございます。

なお、この展覧会は、「東北文化の日」参加イベントとし、
10月30日(土)、31日(日)は観覧料が無料となります。

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雪化粧の岩手山

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一昨日、雲の合間から初冠雪を見ることができた。昨日は曇っていて見えなかった。
快晴の今日は、空気もキリリと冷えている。

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元官僚、自転車政策「反省」 歩道走行40年放置(毎日新聞から)

◇重大事故、高まる危険性

 自転車と歩行者の事故急増について、元建設官僚で現在は自転車交通の研究に取り組む元田良孝・岩手県立大教授(59)が「政策的に自転車を軽視し てきたことを反省している」と、毎日新聞の取材に語った。事故対策には自転車と歩行者の通行の分離が不可欠として「自転車専用の通行空間整備が必要。政府 は腰を据えなければならない」と訴えた。【北村和巳、馬場直子】

 元田氏は75年に旧建設省入省。キャリア技官として道路行政全般を担当、土木研究所交通安全研究室長や大阪国道工事事務所長などを歴任した。98年に退官後、自転車道整備の歴史や利用実態などを研究する中で、自転車行政の不十分さを痛感したという。

 官僚時代は、車の激増による渋滞深刻化を受け、車の円滑走行に向けた道路整備ばかりを考えていた。92年に「自転車先進国」とされるオランダを視察、整備された自転車道を見て、「こういうものがあることを初めて知った」と言う。

 道路政策の分岐点になったと元田氏が位置づけるのは、「交通戦争」と称され、交通事故死者が史上最多の1万6765人、自転車乗車中の死者も 1940人に上った70年。警察庁は車と自転車の分離による事故防止を目指して道路交通法を改正し、自転車の歩道走行も認めた。建設省も、道路の基準を定 める政令「道路構造令」に、自転車も走れる幅の広い歩道として「自転車歩行者道」の規定を盛り込んだ。

 元田氏は「自転車の歩道走行は緊急避難的措置だったのに、恒常化して40年間放置された」と指摘。本来は車両として車道走行を規定された自転車が 歩道も走れるようになったことで、自転車を巡る交通法令は複雑化するとともに、あいまい化したという。「その結果、車道で自転車は邪魔者扱いされ、道路の 狭さや用地買収の難しさから自転車の通行空間整備は後回しとなった」と分析。現在、歩道で自転車と高齢の歩行者が遭遇する機会は70年の70倍以上にな り、重大事故の危険性が高まっていると指摘する。

 研究の過程で、60年代後半以降に道路行政に携わった先輩の建設官僚OBら十数人にヒアリングしたところ、異口同音に「今考えれば自転車道も必要 だった」と述べたという。あるOBは「自転車を歩道に上げたのは英断だったが、(その後の歩行者との事故増加を考えると)愚策だった」と振り返った。

 地元高校生への交通ルール講習会や、自転車を取り巻く環境改善のため地域住民とのシンポジウム開催にも取り組む元田氏は「インフラ整備は時間がか かるが、行政は覚悟を決める時」と指摘する。一方、元田氏の調査では、盛岡市内のある高校で「自転車は歩道で徐行」という道交法の規定を知っていたのは4 人に1人だけ。「歩行者優先は法律に明文化されているのに認識されず、守られていない」と、交通教育の必要性も訴えた。

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自転車レーン:6600キロ可能 主要道8割に設置容易(毎日新聞から)

 全国の都市部にある幹線道路3万キロ余のうち、車道の両端に歩道とは別に1.5メートル以上の余裕がある主要道約8100キロの8割強に当たる約 6600キロで、自転車専用の通行帯「自転車レーン」を容易に設置できることが、国土交通省の研究者の試算で分かった。自転車と歩行者の事故が10年前の 3.7倍に激増する中、両者の通行分離は急務だが、試算は、車道の両端に線を引くだけの自転車レーン設置により、主要道の大部分で両者の分離が可能なこと を示している。

 試算は、国交省国土技術政策総合研究所の大脇鉄也主任研究官が9月、都市部にある国道や都道府県道などの幹線道路計約3万900キロを対象に行っ た。車の交通量や平均速度などを国が調べた全国道路交通情勢調査(道路交通センサス)を基に、「自転車先進国」である欧州諸国の自転車用通路の設置基準を 当てはめるなどして、道路状況に応じた望ましい自転車通行の形を検討した。

 3万キロ余のうち、幅1メートル以上の歩道があり、必要な車線(1車線標準幅3メートル)を確保しても車道両端に各1.5メートル以上の余裕があ る主要道は約8100キロあった。試算の結果、このうち約1300キロは、1車線あたりの1日交通量が2000台以上で大型車の通行も多いため、柵や縁石 などで物理的に車道と分ける「自転車道」を整備すべきだとした。

 一方で、交通量が同程度でも、大型車が少ないなどの約6600キロについては、物理的な分離までは必要ないとして、自転車レーンの設置が適当と判 断した。これは主要道の8割強、都市部の幹線道路3万キロ余の2割強を占める。残る約200キロは車の交通量が少ないことなどから、自転車が車道を走行し ても危険性が低く、自転車用通路の整備は必要ないとした。

自転車レーン設置のイメージ図

 

 

 

 

 自転車道は柵などの工事が必要になるが、自転車レーンは車道左側に線を引くだけなど比較的安価で整備できる。ただし、道路の基準を定めた「道路構 造令」に自転車レーンに関する規定がないため、事故が起きた場合に設置の根拠が問題になる懸念があるなどとして、自治体は設置に消極的な現状がある。警察 庁によると、08年度末現在で自転車レーンは全国で178キロにとどまっている。

 大脇主任研究官は「設置には課題もあるが、関係者や利用者で協議して実現できれば、自転車、歩行者、車の3者が今より安全に通行できる」と話している。【馬場直子】

 【ことば】自転車レーン 自転車用通路は(1)車道や歩道と完全に区切った「自転車道」(2)車道左端を線で区切ってカラー舗装するなどした通行 帯(車線)の「自転車レーン」(3)歩行者も通行できる「自転車歩行者道」--の3種類がある。ただし、道路の基準を定めた「道路構造令」は(1)と (3)だけを規定。(2)は道路交通法で定める「車両通行帯」の一種で、幅1メートル以上なら設置可能だが、法律上の位置づけがあいまいなため設置が進ん でいない。

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ありがとうございました!

■『もりおか映画祭2010』を無事に終えることができました。お越しいただいた、みなさんに感謝します。

まだ詳細なまとめはできていませんが、動員数は去年を上回りました。ゲストのみなさまにも気持ちよく参加していただけて、ほっとしています。
そして、オフシアター・コンペティションで『黄色いライスカレー』が審査員特別賞を授賞(グランプリは受賞作なし)したことはビッグニュースです。「地元から」という、みちのく国際ミステリー映画祭のころからの悲願を達成してくれました。オトナ映画部に拍手を!
『黄色いライスカレー』は、映画を専門に勉強している人たちにカルチャーショックを与える作品であり、そういう点でも意味があると思います。

パネラーに明石知幸氏(映画監督。高橋克彦原作「オボエテイル」の監督を務める)、近衛はな氏(女優、脚本家、平成21年に「希望郷いわて文化大使」に任命される)、大友啓史氏(NHKディレクターとして「龍馬伝」の演出を手掛ける、映画「ハゲタカ」監督)を迎え、コーディネイターを寺脇研氏(映画評論家、京都造形芸術大学教授、ジャパンフィルムコミッション理事長) につとめていただいたシンポジウムも中身の濃いものでした。映画人は議論好きの熱い人が多いから、シンポジウムでもストレートな(そして有意義な)発言がどんどん出ます。これは多くの人に広めたいので、急遽ストリーミング配信をすることになりました(公開日未定)。

□『遠野物語』を初めてスクリーンで観ました。やはり、これはスクリーンで観るべき映画でした。構図、色、音楽、どれをとっても独特の審美眼が感じられました。こういう重量級の芸術映画は、残念ながらもう日本では撮ることができないかもしれません。
先日訃報に接したばかりの長岡輝子さん、まだ新人だったころの役所広司さんが出演していて、「役所広司さんは村野鐡太郎監督に怒られてばかりだった」と脚本家の高野由紀子さんが当時の撮影現場の話をしてくれました。
映画に出てくる立派な桜のシーンは山形で撮影したそうです。だから、遠野にはありません。
映画を観て、遠野にいらした方から「あの桜はどこにありますか」とずいぶん聞かれたようです。
「あれは、雷が落ちて焼けてしまいました」と地元の人が答えたとか。

□故松田優作の親友といっていい脚本家丸山昇一さんが、作風とは全然違う愉快な方で、短いながらとても楽しいひとときを過ごさせていただきました。

■映画祭期間中に、ホットクラブオブ盛岡四重奏団のライヴをこなし、桜山神社の坂本宮司と南部藩主末裔の南部泰子さんの結婚披露宴(於盛岡市中央公民館)に出席。風邪気味だったので疲れましたが、楽しい週末でした。

ことに「十年に一度あるかないか、の慶事」と達増知事が表し、谷藤市長が「長年の懸案事項がようやく解決」(新郎新婦は私と同じ年齢で初婚)というスピーチで会場を沸かせた披露宴は出色。あんなに和やかで、適度に豪華で、気持ちのいい式はめったにないと思います。

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週末は映画館通りへ

*最新日記はこの下にアップされます。

Moriokaeigasai



今週末は「もりおか映画祭」だ。
テレビスポットとチラシ・ポスターに登場している美脚の持ち主を私は知っているのだが、固く口止めされているウインク

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体調不良

また9時間も寝てしまった。
寝ても寝ても寝足りない。昨日も仕事をはじめると、すぐに眠くなって困った。疲労ではなく、拒否(逃避)反応だろうか。

明日から映画祭だ。その前に片づけなければならない仕事(連載と12月に出る短編集のゲラ)がある。ガッツでやっつけよう!



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第九は「でぇく」と言わない

■9時間も寝てしまった。疲れているのだろうか。頭が重いような気がするのは、寝過ぎのせいか。

■昨夜は久々に田園フィル・ヴィオラセクションの練習。11月の芸術祭用の曲(モリコーネ、ヴォーン・ウィリアムズ)と、「第九」。
今年は「第九」に出るために文士劇を降ろさせてもらったのに、全然練習に出られず、ついていけない。これからうちで毎日少しずつ練習しないと……。

□ところで、盛岡訛りだと大工は「でぇく」となる。(旧)大工町は「でぇくちょう」だ。が、ベートーヴェンの「第九」を「でぇく」という人はいない。
そもそも、どうして「だいきゅう」ではないのか(「だいきゅう」だと代休に間違われるからか)。

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『東欧革命1989―ソ連帝国の崩壊 』を読む

このところ冷戦ものの小説、映画、ノンフィクションを見たり読んだりしている。

冷戦が集結した80年代末を私はリアルタイムで経験している。
にもかかわらず、東欧革命の実態を知らなかった。当時、新聞にちゃんと目を通していればよかった、と悔やむことしきり(あるいは、新聞も現実を報道しきれていなかったかもしれないが)。今になってあわてて本書を手にとったりしている始末だ。

以下、気がついたことを列記する。

○東欧の共産主義が、西側からの莫大な援助によって支えられていたことを本書で知った。つまり、冷戦は西側が自らつくっていた、ともいえる。

○ソ連が軍事産業にばかりお金を注ぎ込んでいたのは、「ソ連がまともにつくれる工業製品は兵器しかなかったから」だという。なるほど。

○チャウシェスク(と同等の権力を持っていた妻)の処刑は、当時、ショックだった。そして、「なんだ、フランス革命のころと同じことをやっているのか」と醒めた思いで受け止めた。本書によって、軍部の動乱を鎮めるために必要だったことがわかった。

○ゴルバチョフは共産主義を消滅させるのではなく、再生させるつもりだった。結果的に、消滅させることになっただけ。

○東ドイツでは、ソ連の手から離れて、ソ連よりもしっかりした(まともな)共産主義社会を築こうとする動きがあったはずだが、それが本書では触れられていない。

○ベルリンの壁崩壊にもっとページを割いてもいいような気がしたが、それは私の感傷にすぎないのかもしれない。あのとき、某局の中継で「昂奮した おじさんがチェロを弾いています」という女性記者のコメントと共に映しだされたのは、あのムスティラフ・ロストロポーヴィチだった。
ロストロポーヴィチさえ知らないような人があの国で記者をつとめていたのだ。日本はなんと幸せな国であることか。

○東欧の共産主義は自ら崩れていった。その過程をみると、日本でも似たようなことがいつ起きてもいいような気がする。

○東欧革命は、あるときはドラマチックで、あるときはまるでドタバタ喜劇で、あるときは悲劇で、あるときは偶然による産物だった。

東欧革命―権力の内側で何が起きたか (岩波新書)の著者による翻訳がみごとだ。

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アルヴォ・ペルトの『アルボス』

哀しみに沈んでいる時を一緒に過ごしてくれる音楽。

演奏: ヒリヤード・アンサンブル,  シュトゥットガルト国立管弦楽団金管アンサンブル, ギドン・クレーメルほか
指揮: デニス・ラッセル・デイビス


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天はなんて意地悪なんでしょうか

F君の葬儀に行ってきた。矢巾北中学校、盛岡一高、岩手大学の同級生たち、勤め先の市役所の方たちでいっぱいだった。

中学の同級生が弔辞で、「天はなんて意地悪なんでしょうか」と涙ながらに訴えた。誰もが同じ気持ちだったと思う。喪主(父)の嗚咽混じりの言葉は、つらすぎて、つらすぎて……。

今日は秋の青空がひろがったが、葬儀の最中に雨が降りだし、終わると雨も上がった。

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一段落

■盛岡出身のヴァイオリニスト鈴木弘一(NHK交響楽団)率いるアマデウス・アンサンブル(田中雅弘=チェロ・東京都交響楽団、小畠茂隆=ヴィオラ・NHK交響楽団、鈴木大介=ギター)によるキャラバンが昨日の石神の丘美術館ギャラリーコンサートで終了した。

我々実行委員が関わったのは12日(盛岡市民文化ホール小ホール)を皮切りに、病院や学校など全5公演だが、彼らは11日に遠野でNHKの公開収録をやっている。ハードなスケジュールを無事に終えることができた。

それぞれの会場に合わせてプログラムを変えてくれたので、いろいろな音楽を聴くことができて楽しかった。霧島音楽祭で田中さんの指導を受けた岩渕直子さん(ピアノ、盛岡市在住)のドタ参もあって、おもしろかった。
彼らの決して手抜きをしない姿勢には、本当に頭が下がる。彼らになんだか励まされたような気もしている。

■今日はこれから「もりおか映画祭」の記者会見があり、終了後、大急ぎで石神の丘美術館へ移動。観光情報研究会(石神の丘美術館と岩手県立大学との共同研究の成果発表)の集まり。終わりしだい盛岡に帰って、夜は岩手県立美術館の原田館長らとの懇話会。

■今週はハードだったが、来週から少し楽になる(はず)。

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さようなら、F君。

F君、君にさよならを言わなければならないのは、本当につらい。残念だ。悔しい。持って行き場のない、怒りに似た感情にも襲われている。そして、もちろん深い哀しみにも。

私たち盛岡自転車会議の仲間になってくれたとき、君はまだ岩手大学の学生だった。ちょっとシャイながら、芯の強い青年だと思った。今年、難関を突破して市役所に入ったという報せには、自転車会議のメンバーたちも一緒に喜んだ。

盛岡自転車会議の勉強会に参加した君は、交通政策を専門にしたい言っていた。最初の配属先は福祉関係の部署だったが、「それは将来、交通政策にもきっと役に立つよ」と私たちは話し合った。

1日の出勤前、早朝の自転車トレーニング中に、君は交通事故に遇った。意識不明の君を見舞いに行くことはできなかったが、心の内で「がんばれ、がんばって乗り切ってくれ」と祈りつづけていた。「君みたいないい青年が、こんなに早く……絶対にそんなことはありえない」と自分自身に言い聞かせていた。

昨夜、11時41分に君が息を引きとった、という知らせがあった。信じたくなかったが、受けいれなければならない事実だった。

君のお母さんから、メッセージをいただいている。それをここに紹介したい。

……は夏に変速付きの新しい自転車を買い、乗り回してました。
その日はヘルメットかぶってなくて、頭を強く打ってしまいました。
せめてヘルメットをかぶっていたら……と。
純サンにはヘルメットの大切さも広く伝えてもらえたらと願っています。

私などの想像を絶するような哀しみの中で、立派なお母さんだ。
君の死を決して無駄にしない、と約束する。天国から私たち盛岡自転車会議の活動を見守ってほしい。厳しい目で……。

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今年は出ません……

文士劇で忙しくなりますね」とか「チラシに純さんの名前が入っていないみたいだけれど」など、いろいろなところで言われる。で、今年は出ません、と答えると驚かれる。

去年、文士劇が終わった段階で、関係者に「来年(今年)は出られないので」と伝えてある。年末に、田園フィルで『第九』を演奏するからだ。

文士劇のハードな稽古と『第九』のハードな練習の両方に出ることは物理的にも精神的にも無理だ。で、一生に一度、機会があるかないかの『第九』を選んだ。
ま、私は出ないほうが文士劇のクオリティは上がるから、演出家と脚本家は喜んでいるだろう。

その『第九』の練習にもあまり出ることができない。今月から『第九』を優先するつもりだ。

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シノーポリの『ルー・サロメ』を聴く

オペラと新ウィーン楽派のオーソリティとしてよく知られる指揮者としてのジュゼッペ・シノーポリに対して、作曲家としてのシノーポリは比較にならないほど知られていない。シノーポリは奥ゆかしい人だったようで、自分の作品よりも、ほかの作曲家の作品を優先してきたからだ。

このCDでは、作曲家としてのシノーポリの魅力をたっぷり味わえる。まさに新ウィーン楽派の後継者だ。ルチア・ポップとホセ・カレーラスが共演しているのも嬉しい。

それにしても、もっと長生きをしてほしかった。

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川村徳助氏「お別れの会」

今の中三デパートのところにカワトク(川徳)デパートがあった、と言っても「知らない」という人のほうが多くなった。

カワトクデパートは 盛岡の、というより岩手の商業界をリードしてきた。8月に93歳で亡くなられた川村徳助氏(2代目徳助、本名は林三)は、その最も華やかな時代を築いた方 だ。かつては「盛岡に進出してもカワトクがあるから(勝てない)」と中央の大手資本からも恐れられた。それだけ地元の信頼が厚く、根付いていた。

川村徳助氏は、ペンネームを持つ詩人でもあったから、芸術分野の人脈もひろかった。90代で現役のチェリスト青木十良氏のコンサート(2006年10月25日)のときに、私は徳助氏をお見かけしている。お元気な姿を見たのは、それが最後だった。
昔はクラシックコンサートや美術展といえば、川徳デパートが大口のスポンサーだったという(主催していた)。利益を文化事業で社会に還元していたわけだ。

詩人立原道造の『盛岡ノート』にも幼少のころの徳助氏が登場する。画家松本竣介との付き合いもあったと記憶している。

カワトクギャラリーで、徳助氏(というかカワトク)のコレクションの一部を見ることができる。舟越桂の作品は、県立美術館が喉から手が出るほどほしがっている作品だ。

今 日、ホテル・メトロポリタンで行なわれた「お別れ会」は、献花をするだけの実にシンプルな会だった。読経も弔辞もない。音楽が流れる会場で軽食をつまみ、 スクリーンに映しだされる故人の映像を眺めつつ、思い出を語り合うだけ。あちこちから「こういうのもいいね」という声が聞かれた。

私が編集長をつとめている『街もりおか』の創刊に尽力してくださったことはあまり知られていない。

心よりご冥福をお祈りします。

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連休の予定

今度の連休に私が関わっているイベントが三つありますので、ご案内申し上げます。

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「『冬の兵士』良心の告発 イラク帰還兵の9都市証言集会」
9日 サンビルにて10時30分~13時から(参加費500円)
詳しくはこちらをクリック。

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「人と生命,暮らしの資源としての水」をテーマに,身近な自然や生活文化・地域活動に造詣の深いゲスト金野万里さん,寺井良夫さん,藤村幸雄さんによるトークセッションを行います。司会はフリーアナウンサーの千葉星子さん。私は短い講演をし、トークセッションにも参加します。
10日 岩手県立美術館ホールにて14時から(無料)

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作品を作った岩手ゆかりのアーティストの話を聞きながら、開催中の企画展「いわての現代美術と出会う、秋。」展を見学します。

午前10時に美術館に集合し、メイン会場・石神の丘美術館(南の広場・企画展示室・屋外展示場)を見学した後、歩いて沼宮内大町まで向かいます。

昼食は、蔵御膳らく丸さんで話題のご当地グルメ「いわてまち焼きうどん」ランチをいただきます。
昼食後は、沼宮内大町周辺のマチナカ展示会場を見学します。

ボランティアガイド会の協力で町の歴史や文化 にもふれることができるスペシャルなツアーです。

参加費1,000円に昼食代や観覧券、おやつも含まれています。
参加をご希望の方は、美術館(電話/0195-62-1453)へ電話でお申し込みください。

IGR岩手銀河鉄道で、お得なアートロードチケットを発売中!

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古楽を聴こう!

NHK-FM、今週のベストオブクラシックは「古楽週間」。これは楽しみだ。
月曜日から金曜日まで夜7時30分から。

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いい汗かいた(顔面神経麻痺日記復調編)

今日はIMACC(岩手県盛岡市愛宕町サイクリングクラブ)のY氏、U氏と大迫へ。好天に恵まれて、暑かった。

集合場所のサイクルオダシマにU氏が若干遅れて到着。何でも出発前に愛車点検をしたところ、後輪が「寿命」であることを発見して交換してきたとのこと。予備タイヤを常備してあるのはさすがだ。見習わなくちゃ。ちなみにU氏も顔面神経麻痺の経験者とのこと。

出発直後、岩手銀行本店付近でY氏の前輪がパンク。その場でチューブ交換をする。すごい早業だ。これも見習わなくちゃ。
我々の横を盛岡女性センターの打○内さんが苦笑しつつ通りかかり、車道でも「純さん、体調は戻ったの?」と雫石音楽館の園○ご夫妻のクルマが走り去っていった。

その後は快調に進んだ。けっこうクルマが多く、ことにトラックに追い越させるタイミングをとるのに気を遣った。

大迫の道の駅で、濃厚な味のソフトクリームを味わっていると、「たらりら」のunderpath!のお二人、美人ジャズヴォーカリスト(ゴスペルグループの親分でもある)の高橋T秋さんらと遭遇。前夜、大迫のイベントに出演したのだという。

五代目醤油屋で昼食の後、花巻経由で盛岡へ。友愛病院近くの農協産直でジェラードを食べて帰宅。
およそ6時間、100キロあまりのサイクリングだった。健脚の二人が私のことを気遣ってくれ、常に引いてもらったおかげで走りきることができた。感謝!

写真はいつものPICASAに。

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