顔面神経麻痺日記(たぶん最終回)
7月末に発症した顔面神経麻痺(軽度)の自覚症状が、ほぼなくなった。まだ若干、顔の左側の筋肉に違和感を覚えるが、それは使われなかった筋肉の反応が鈍いからだろう。
ガーニングで、顔の筋肉のリハビリに励もう。
休養が何より、という医師の指示に従って、「サボール宣言」をした。結果的にあちこちに迷惑をかけてしまった。その分を取り返そうとすれば、また無理を重ねることになる。そんなわけで、これを機会にこれからもサボールしつづけていくつもりだ(爆)。
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コメント
こんにちは。
自転車問題についてですが、これはどぉも、と考えるのです。車、オートバイ、自転車、歩行者、誰が悪いと言うのではなく、と。皆、悪いと感じます。
結局、それぞれ全てが、意識認識を持つ。そして他者他人を思いやると言う気持ちが大切と考えるのですが。
しかし、と思います。人には残念ながら、と。なかなかそぉ言う考えには及ばない、と言う所が、ある、と。
実際、私自身は、車、オートバイ、自転車、徒歩、と全てを日常でやってます。
その時々で感じる事が有ります。要するにそれは、人は人に対して優しく無いと言う事です。
車では、割り込み、指示器無しの右左折、当たり前です。2輪では、幅寄せ強引な突っ込み、当たり前です。歩道を歩いていると、自転車にベルを鳴らされる。挙句、ドケと怒鳴られると言う事もありました。車もそぉですね。近年、歩行者、自転車に対しての、やたらめったのクラクション攻撃が目に付きます。そして、されたりします。とにかく、そこどけそこどけ車が通る、と言う感じです。
結局と考えます。誰かを締め上げたり、非難、批判、罰則の課金をするよりも、と。個々人の内面のメートル原器を上げるべきなのではないだろうか、と。そぉすれば、自ずと交通マナー強いては社会のマナー、人に対する思いやりと言う様なものが、出て来ると考えるのですが。
しかし、実際、2チャンネルのオートバイ排除の書き込みなんて見ると凄まじいモノがあります。
曰く、そも、道とは、車のためのもの、因って2輪など、この世から消してしまっても良い、とか、2輪で走っている連中はことごとく、轢いて行って、デッドキャットの様にしてやれば良いのだ、とか、とにかく、異分子排除の論調で固められています。
でもこれ、罰則課金、と言うものだけでは、解決は困難と考えます。やはり、交通マナーの徹底、強いては、社会道徳の徹底をしていかなければ、と感じるのですが。
結局の所は、教育。人の世の教育に行き着くのでは、と考えます。
壮大な計画になってしまいますが、小手先の罰則強化や保険制度の充実だけでは、枝葉末節論にしかにらないと考えます。勿論、そぉ言う考えも大切ではあると思うのですが。
要するに、何にせよ、他者の尊重と承認と言うものが出来た時に、初めて、交通と言うものも、どぉにか円滑に機能する事が出来ると考えるのですが。
しかし、それが出来ないのが人。遠い世界の話になるのかな、と思ってしまいますが。ま、何とか人には気づきが有ってほしいものと感じます。立場を違えた場合の他者に対する考えと言うものに。
では、失礼します。
投稿: スーパー8 | 2010年11月11日 (木) 21時41分
スーパー8さん>おっしゃるとおりだと思います。が、大変困難な課題ですよね。
どうすればそれが実現できるか、その難しい課題にさまざまな方策で取り組んでいるわけです。
投稿: 斎藤純 | 2010年11月12日 (金) 09時04分