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極限状況、希望伝えた108時間 IBCラジオ

(2011/06/25岩手日報記事)

 東日本大震災の発生当初、電力の絶たれた被災地で大きな情報源となったラジオ。IBC岩手放送(盛岡市)のアナウンサーは発生直後から3月16日午前3時まで108時間連続、避難者情報を発信した。今もラジオ、テレビの並行放送を通して復興を後押しする。極限状態の中、生存を伝える「命のメッセージ」が県民に希望を与えた。

 3月11日、生放送中のスタジオを強い揺れが襲った。県内は全域で停電。同社も自家発電に切り替わった。通常放送、CMは全てカット。アナウンサー14人がフル回転して、24時間態勢のラジオ放送が始まった。

 情報は断片的だったが、午後8時すぎから高齢者福祉施設や学校から無事を知らせるメールが続々入った。午後11時、津波で孤立した釜石港湾事務所(釜石市)と衛星携帯電話がつながった。

 その時、同事務所の原隆祐総務係長から避難市民48人を読み上げたいと申し出があった。

 「避難者の安否を知りたがっている家族がいる。唯一情報を得られたラジオで伝えようと思った」。後の避難者名簿読み上げのきっかけとなった。

 翌12日正午、個人の無事を伝えたり、安否確認を求めるメールの紹介を始めた。反響は大きかった。避難所で書き写した名簿を直接、スタジオまで届けた人もいた。風見好栄アナウンサーは「被災地が孤立する中、皆さんは一人じゃないことを伝えたかった」とマイクに向かった。

 欠けていたり、読み取れない名前もあったが、地域名を入れてフォロー。机の上は名簿が積み重なった。菊池幸見アナウンサーは「一人でも多くの人に助かってほしかった。どれだけの無事を伝えたか覚えていない」と語る。耳になじんだ温かな声。多くの被災者を励ました。

 「ラジオの底力を感じた」と神山浩樹アナウンサー。震災直後、大船渡市と陸前高田市に入った。赤ちゃんのミルクが不足している現状を伝えたところ、すぐさま避難所に物資が届いた。数多くの避難者名簿も託された。「今後も声にならない声を拾い、寄り添いたい」と誓う。

 激動の108時間。「ラジオだけが頼り」というリスナーの声を力にした。照井健アナウンス部長は「一人一人の名前を伝えたことは安心につながった。リアルタイムでさまざまな情報を伝えられるラジオが、より視聴者に近い存在と再確認できた」と振り返る。 

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コメント

震災前のIBCラジオは、リスナー同士の繋がりが強くなってきていましたからね。 特に大船渡・陸前高田周辺のリスナーは特に!地元密着型のIBC岩手放送の力を発揮したのではないでしょうか?

投稿: ゆずママ | 2011年6月25日 (土) 21時26分

ゆずママさん>同感です。

投稿: 斎藤純 | 2011年6月26日 (日) 08時34分

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