さようなら、中津文彦さん
高橋克彦さんからの電話で訃報を知りました。
突然のことで驚きました。体から力が抜けて、坐りこんでしまいました。
お宅にうかがい、お別れをしてきました。中津さんは仕事部屋で横になっていました。私が親指シフトを使いだしたのは、中津さんの勧めでした。あのときのキーボードがまだ使われていました。
お酒の席のこと、テニスをやったことなどが次々と思い出され、涙が止まりませんでした。ありがとうございました。本当にありがとうございました。
盛岡市在住の江戸川乱歩賞作家中津文彦(なかつ・ふみひこ、本名・廣嶼文彦=ひろしま・ふみひこ)さんが24日、肝不全のため、同市内の病院で亡くなった。70歳だった。
一関市出身で、県立一関一高、学習院大卒業後、岩手日報社で記者を務めた。1982年、「平泉」の歴史を扱ったミステリー「黄金流砂」で江戸川乱歩賞、85年に警察小説「七人の共犯者」で角川小説賞を受賞。幅広い視野と確かな構成力で、東北を舞台にした著作を多く残した。
中津さんと同じく盛岡在住の作家で親交が深かった高橋克彦さん(64)は、突然の訃報に「ひざが震えてしまった。作家として道案内してくれる人を失ってしまった」と肩を落とした。中津さんが受賞した翌年の83年に高橋さんが江戸川乱歩賞を受賞した時、中津さんが「おめでとう」と祝福の電話をしたのが親交の始まりだ。
3月20日、中津さんや高橋さんが参加した文学鼎談(ていだん)では、普段は作家としての信念について多くを語らない中津さんが、珍しく熱く語っていたという。高橋さんは「虫の知らせだったのか。プロ意識が高い人だった。あんなに元気だったのに、返しきれない恩義があるのに」と顔を曇らせた。
◇
中津さんの告別式は5月1日正午、盛岡市名須川町31の5報恩寺で営まれる。喪主は長男、文樹さん。
中津さんが亡くなって一夜明けた25日、同市中央公民館では、県内ゆかりの作家140人を紹介する「岩手の文学展」が始まった。中津さんの「黄金流砂」の直筆原稿も展示されている。同公民館は大型連休明けにも、中津さんの追悼展示を始める予定だ。
(2012年4月26日 読売新聞)
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