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ショスタコーヴィチを聴く

ショスタコーヴィチの交響曲第14番を聴いている。指揮は、チェリストとしてよく知られているムスティラフ・ロストロポーヴィチ(通称スラヴァ)だ。 スラヴァはショスタコーヴィチと親交が深かったから直接指導を受けている。

2002年、2005年とスラヴァは小澤征爾氏とともにコンサート・キャラバンで岩手をまわった。私はボランティアスタッフとしてお手伝いをした。

02年にこのボックスセットにサインをいただいた。

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05年にはリハーサル中のスラヴァをスケッチ(写真撮影は禁じられていた)し、それにサインをしていただいた。

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明日はスラヴァの命日。

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訪台

今日から1日まで台湾へ。

私が理事をつとめているNPOいわて景観まちづくりセンターの研修+観光+サイクリング。しかし、ず~っと雨が降り通しらしい。トホホ。

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石神の丘から

4月27日(土)午前8時から、
石神の丘美術館友の会と美術館共催で
「石神の丘 野鳥観察会」を行います。

日本野鳥の会盛岡支部の皆さんによるガイドのもと、
美術館屋外展示場で野鳥観察をしてみませんか。

ご参加の方には、町内在住のイラストレーター・武田吉孝さんが描いた
鳥のイラストのオリジナルポストカードをプレゼントしちゃいます!

日 時:4月27日(土) 午前8時から(およそ2時間)
集合場所:道の駅石神の丘北側駐車場(美術館工房棟前) 
参加費:200円(1日保険、ガイド料含み)
持ち物:ノート、筆記用具、双眼鏡、飲み物など
講 師:日本野鳥の会盛岡支部の皆さん

参加希望の方は4月25日(木)までに
石神の丘美術館(電話0195-62-1453)へお申し込みください。


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本領発揮か…

25日から台湾を訪問する。天気予報を見ると、みごとにその日から雨…トホホのホ。

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ナベサダを聴く

昨日は一関のジャズ喫茶ベイシーでナベサダを聴いた。
立錐の余地のない混みようで、あんなに入ったのはベイシーの歴史上初めてではないか。私は2時間、立って聴いた。客席には滝川クリステルさんの姿もあった。
オリジナルナンバーがほとんどだったが、ボサノヴァを2曲「カーニバルの朝(黒いオルフェ)」と「シェガ・ジ・サウダージ(想いあふれて)」を演奏。
誰にでもわかる音楽をやり、初心者にも「通」にも受け入れられる。素晴らしいライヴだった。メンバーは、渡辺貞夫 (as)、小野塚晃 (p)、コモブチキイチロウ (b)、石川雅春 (ds)、ンジャセ・ニャン (per)。

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気になる画家

ハンマースホイが気になる今日このごろ。

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今日のお昼

直利庵で、もりそばと半カツ丼。

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石神の丘から

道の駅「石神の丘」では、石神の丘美術館で開催中の「三浦千波(大船渡出身)」展に合わせて、三陸復興支援フェアを開催中。


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メンテナンス

ふだん乗りのビアンキ・ポルペをいつものサイクルオダシマに出し、TSマークを付けてもらった(整備をしてもらえるうえに、自転車保険がついて2000円)。代わりに、ジャイアントOCRを出す。

クボトラが来てR1150ロードスター(車検)をもっていった。とても混んでいてゴールデンウィーク明けになるそうだ。残念だが、オートバイショップが繁盛しているのはいいことだ。

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野村胡堂没後50年

銭形平次の生みの親である野村胡堂が没して50年。昨日、野村胡堂あらえびす記念館で記念イベントがあった。 
胡堂のお孫さんのお話につづいて、村松文代さん(IBC)の司会で高橋克彦さんと鈴木文彦さん(元文藝春秋社、父は鈴木彦次郎)の鼎談。もっと聞きたいというところで時間切れ。
ラフランスに移動して宴会。胡堂が好きだったという海山の幸を肴に、紫波の廣喜をおいしくいただいた(胡堂は酒を飲まなかったが)。

スクリーンに晩年のテレビインタビューが流れていた(聞き手は高橋敬三か)。聞き手が「先生にとってクラシック音楽は酒に代わる嗜好品では?」という問いに対して「クラシック音楽は酒とは全然違います。クラシック音楽は合理的なもので、いわば科学のようなものでもある」と応じたところが印象的だった。私も同感。


野村胡堂は石川啄木、宮沢賢治に匹敵する大きな存在だ。が、そのわりにあまり知られていない。肝心の岩手県民が胡堂をよく知らない。これではいけない、と高橋克彦さんが力説していた。これも同感。
もっとも、かくいう私もあらえびす(胡堂の別のペンネームで、クラシックレコード評論の先駆)に偏っているのだが。

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石神の丘から&お役目終了

午前中は岩手町立石神の丘美術館へ。『三浦千波』展のオープニング。中川直人「希望、1000人のポートレイト」展も同時開催。 中川画伯はニューヨーク在住の画家だが、何度も被災地に足を運んでこれをやりとげられた。頭が下がる。ちなみに中川画伯の祖父は村上華岳

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オープニングセレモニーの後、大急ぎで盛岡へ移動(今日はプリウスで行った)。盛岡市中央公民館「故中津文彦氏を偲んで」に出演。道又力さんとの座談会に高橋克彦さんにも飛び入りで参加していただき、充実した内容のものになった。

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夕方5時からSAVE IWATE事務局会議の予定だったが、行ってみると「今日の会議は延期になったよ」とのこと。無駄足だった。

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復帰

風邪がようやく完治したようだ。

症状はさほど重くないのだが、なんだかしつこい風邪だった。
いくつかの会議、打ち合わせを欠席したり、延期してもらうなど迷惑をかけてしまった。本当に申し訳ない。

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風邪

一昨日に喉が痛くなり、今日で三日目。一昨日につづいて昨日もずっとうちで療養。したがって、二晩もアルコール抜き。今日はだいぶ楽になったが、うちでジッとして完治させよう。
で、ショスタコーヴィチのヴァイオタン・ソナタとヴィオラ・ソナタの弦楽合奏曲版を聴いている。これでは治る病気も治らないか(爆!)。
ちなみに、多くのクラシックファンは原理主義的な面が強く、私が抵抗なく聴いている編曲版は好まれない。モーツァルトの「レクイエム」(未完。モーツァルトの死後に弟子によって完成)やプッチーニの「トゥーランドット」(未完。プッチーニの死後、アルファーノによって完成)はありがたがるのに妙な話だ。

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東京備忘録

3日間、頭の栄養補給をしてきた。

ラファエロ展、エル・グレコ展、クラーク・コレクション展。

国会議事堂(衆議院参議院)見学。

江戸東京たてもの園(小金井公園では桜祭りだったが、桜は終わっていたし、雨も降って、かわいそうだった)。

サティシュ・クマール&辻信一「サティシュさんに聞きたい今を生きる知恵」(明治学院大学白金キャンパス)。大盛況。 辻信一さんと久々にお目にかかる。

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マイク・ブルームフィールドを聴く

ピーター・グリーンと並んで、私のギター・アイドルであるマイク・ブルームフィールドを堪能できる幻のアルバム。なぜ今まで見逃していたのか不思議だ(2003年リリース)。

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バンド名決定

昨夜のバンド・ミーティング@大吉(飲み会ですね)で、バンド名がリップクリームと決まった。クリームのレパートリーは1曲しか予定していないが、ま、いいでしょう。

盛岡には虹紫という凄いバンドがある。我々はその前座をつとめることを目標にしている。

http://youtu.be/UTRhfkW-WmA

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太鼓祭り

拙著『銀輪に花束を』(小学館文庫)に「太鼓祭り」という短編が入っている。地滑りの災害にあった山村で、太鼓のお祭りを復活させる。その過程で人々が元気になっていくというストーリーだ。
この本が出た3か月後に、東日本大震災が起きた。正直、あの短編は「あまりに絵空事」と思えてならなかった。
ところが、沿岸の被災地ではこの短編に書いたようなことが実際に続々と起きた。今ではあの短編を書いておいてよかったと思っている。もっとも、これは震災前だから書けたのであって、今は書けないと思う。そういう意味でも、やっぱり書いておいてよかった。

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先人の教え

【なんのために工学はあるか】(「港湾工学の父」と呼ばれた広井勇の言葉)

もし工学が唯に人生を繁雑にするのみらば何の意味もない。これによって数日を要するところを数時間の距離に短縮し、一日の労役を一時間に止(とど)め、それらによって得られた時間で静かに人生を思惟し、反省し、神に帰るの余裕を与えることにならなければ、われらの工学には全く意味を見出すことはできない。

(司馬遼太郎『街道をゆく/台湾紀行』から孫引き)

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