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高適の「除夜作」を読む

旅館寒燈独不眠
客心何事轉凄然
故郷今夜思千里
霜鬢明朝又一年

それでは、よいお年を。

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『フーガの技法』を聴く

バッハの『フーガの技法』についてはこれまでにもこのブログなどに書いてきた。

バッハが残した楽譜では楽器が指定されていないため、チェンバロによるもの、ピアノによるもの、ギターの多重録音によるもの、古楽アンサンブルによるもの、4本のヴィオラ・ダ・ガンバによるものなどなどがあり、それぞれ楽しく聴いている。
この曲には日本人が持っている(あるいは、求めている)「侘、寂」あるいは「渋み、悟り」に重なるものがある。
その感覚を最も感じさせる演奏はジュリアード弦楽四重奏団によるCDだ。

縁起でもないといわれそうだが、私の葬儀にはジュリアード弦楽四重奏団による『フーガの技法』を流してもらいたいと思っていた。が、今は違う。葬儀不要と遺言することにしたから。

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もりおか復興支援センターから

今年もお世話になりました。

もりおか復興支援センターは明日から1月6日までお休みさせていただきます。
それでは、よいお年をお迎えください。

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うるま市からお越しいただいた中学生のみなさんによる復興応援メッセージ!)

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『ベンジャミン・ブリテン』を読む

『ベンジャミン・ブリテン』(デイヴッド・マシューズ/中村ひろ子)を読みながら(イギリス音楽に関する本が極端に少ない中、貴重かつ有益な本だ)、弦楽四重奏曲集を聴いている。第一番第四楽章に、ベートーヴェンの第九からの引用(第二楽章のおしまいのほう)があった!

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石神の丘から

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何度も観たくなる。何度も観ているうちに、前よりも明らかに絵が訴えてくる力が強くなっているのを感じる。そういう展覧会が、たまにある。
本展はまた学芸員が存分に力量を発揮し、石神の丘美術館の収蔵品のクォリティの高さを示す展覧会でもある。

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三戸散歩

どこからともなく、三戸町に古い建物が残っているという話を耳にし、気になっていた。来春にでも輪行しようと思っていたが、ふと思い立って、IGR岩手銀河鉄道(青森側は「青い森鉄道」)でぶらりと行ってきた。

三戸はバイパスを何度も通ったことがある。しかし、街のなかに入るのは初めてだった。
確かに古い建物が残っている。それも保存建築物として指定された公共の施設ではなく、一般の住宅だったことに驚いた。
日本の場合、経済が活発化するにともない、古い建物は効率が悪いからと駆逐される。それが日本の建築物の宿命だ。
三戸では宿命にさらされることがなく、奇跡的に残ったようだ。また、それらが共通した美意識に基づいてつくられていることにも驚かされた。
写真はこちらをクリック。

町内を流れる熊原川には鮭が遡上し、カワセミが飛んでいた。

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復興支援センターから

岩手大学教育学部附属小学校4年さくら組のみなさんが、これからの支援について勉強しにヘンターに来てくれた。その際につくっていただいた「復興応援幟」。思いがこもっていて、頼もしい。

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ヴァッレ・ダオスタの思い出

いろいろと調べ物をしていたら、2003年の冬にイタリア北部のアオスタの訪問記(森林文化協会の『グリーンパワー』に書いたもの)が出てきた。転載し、補足しておく。

 確かバーナード・ベレンソン(美術史家)だったと記憶しているが、「ヴェネツィアは貧しさの象徴だ」と述べている。貧しいが故に、過去の遺物が新しい建築物などにとってかわられることがなく、昔のまま残ったという逆説めいた言葉だ。
白神山地が世界自然遺産に指定されて脚光を浴びていた頃、私はこの言葉と出会い、胸にとどめることになった。そして、この冬、イタリア最北端のヴァッレ・ダオスタ州を訪ねた際にこの言葉を思いかえしていた。

 成田からミラノまでアリタリア航空機で十二時間、そこから車で二時間半ほど北上して州都アオスタ市に入る。ヴァッレとは、谷という意味だ。スイス国境のチェルヴィーノ(マッターホルンのイタリア名)、フランス国境のモンテ・ビアンコ(モンブランのイタリア名))、イタリア最初の国立公園グラン・パラディーゾやモンテ・ローザといったアルプスでもとりわけ有名な高峰に囲まれた、イタリアで最も小さな州だ。谷底に町があると思っていい。

 散在する古代ローマ時代の遺跡が、かつてこの地がフランス、スイス、イタリアを結ぶ交通の拠点として栄えた歴史を物語る。しかし、時代の流れと共に、その重要性は失われていった。

 隣接する州は早くから工業が発達したものの、ヴァッレ・ダオスタは取り残された。だからこそ、古代ローマ時代のコラシアムの遺跡や中世の城などが手つかずに残されてきた。しかし、「ヴェネツィアは貧しさの象徴」という言葉が持つ裏の意味と同様に、この地が貧しかったわけではない。急激な経済成長を望まなかっただけだ。そうでなければ、それらはとっくに壊されて、他の建物になったり、リゾート開発の餌食となっていたに違いない。
もっとも、これらの歴史的建造物は、ローマやミラノのそれと比べて、必ずしも世界的に名の知られたものではない。そのせいか、地元でも重要視されていなかったようだ。

 近年、これらの歴史的遺産や、郷土料理などを見直す気運が高まっている。

 イタリア北部はスローフード発祥の地でもあるが、アオスタでは州政府と農家が共同でアグリツーリズモ(農家レストランおよび民宿)を展開している。
アグリツーリズモは農業と旅行を合わせた造語だ。食材の半分以上を自給でき、家族で切り盛りすることなどの条件をクリアした農家が資格を与えられる。レストラン業者などの参入を拒み、本物だけを提供するためだ。
その一軒で昼食をした。熟成の度合いの異なる数種類のチーズやサラミ(シカ、カモシカ、豚)はもちろん自家製、地元のワイン、肉料理、パンなどがテーブルを賑わせる。

なかでも私はポレンタが気にいった。トウモロコシの粉をお粥状にしたものに、地元特産フォンティーナチーズのフォンデュをかけて食べる。これはいわば雑穀料理だ。岩手も雑穀食文化圏である。ポレンタは貧乏料理というふうに呼ばれるそうだが、雑穀食文化を持つ岩手もかつては「日本のチベット」などと蔑視されてきたから、とたんに親近感を覚えた。チーズやサラミといった保存食も、冬が長い土地ならではの食品といえる。日照時間が短く、農業に適しているとは言いがたい土地だが、自給率は高いという。
 ドルチェ(食後のデザート)には、マロン・グラッセに生クリームをかけたもので、これも絶品だった。もちろん、エスプレッソコーヒーも小さなカップで出る。これにワインの搾り滓からつくったグランパを垂らして飲むと、消化を助けるという。いくら食べても太らないのは、グランパのおかげなのだそうだ。ま、確かに太っている人は少なかった。
一週間にわたってフルコースを食べつづけたので、痩せぎすの私も今回ばかりは太ったに違いないと体重計に乗ったが、グランパを積極的に飲んでいたおかげなのか、変化はなかった。
 
別のレストランでほぼ同じような食事をする機会があった。先にアグリツーリズモの農家で食事をしていなければ、そのレストランで充分に満足したと思う。順番が逆になったのが、そのレストランにとっては不運だった。

 スキー場も見学してきた。チェルヴィーノのスイス側にはツェルマート、モンテ・ビアンコのフランス側にはシャモニーというように国際的に有名なスキー・リゾートがあるため影が薄かったのだが、道路網の発達によって、アオスタを拠点にたくさんのスキー場に足を運べるようになり、脚光を浴びつつある。
スキー場に向かうバスの車中から、たくさんの滝を見た。日本なら「白糸の滝」などと名前が付けられるところだが、イタリアにそういう習慣はないらしい。その地形を生かし、アオスタの電力はすべて水力発電でまかなっていると自慢していた。急斜面での葡萄栽培(当然、ワインをつくるためです)も国土保全に役立っているとヴァッレ・ダオスタの人々の環境意識はかなり高い。

 イタリア人というと陽気なお調子者(失礼)を思い描くが(私だけだろうか)、ヴァッレ・ダオスタの人々は素朴で、物静かで、ややお節介なくらい親切だった(道を訊いたときに、周辺の人が集まってきて、それぞれ違う方向を示すことがあった)。

 私が滞在しているあいだに、年に一度の聖オルソのお祭があった。聖オルソはアオスタの守護聖人で、クマという意味だそうだ。このことからも、この地が山の恵みで暮らしてきた山の民であることがうかがえる。
お祭は民族音楽のパレードや屋台が出て、とても賑やかだ。メインは、地元の人が農業や牧畜のあいまにつくった木彫りの販売だ。幸運を呼ぶという鶏の木彫りを買った。これがまるで東北地方の木彫りみたいで驚いた。寒い土地では、似たような文化が育まれるのかもしれない。


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【愛用品】スノトレ

「寒冷地仕様」を謳っているコンバース。皮に見えるが、防水の合成皮革。雪でも滑らないソールってのがミソ。新しい長靴を履いた子どもの同じで、わざわざ雪のあるところを歩いてみた。いい感じ。

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嬉しいプレゼント

心ある方から、ホームシアターサウンドシステムをいただいた。

石神の丘美術館でクラシック講座をやった際に、音が貧弱なので、せっかく受講されたみなさんに申し訳ない気がしたが、これで解決するだろう。
美術館にあるプロジェクターにも使えそうだし、このごろは「音付きの作品」を展示する機会も増えてきているので、いろいろと利用できそうだ。

心から感謝します。


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シンポジウム出席

仙台で開催されたシンポジウムに出席。私は門外漢だが、締めのスピーカーをおおせつかった。

充実した内容だった。今後、こういう集まりを継続していくことが大切だと思った。

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ブルーズロック(ホワイトブルーズを聴く)

マイブーム中のブルーズロック(ホワイトブルーズ)の名盤中の名盤が左。若き日のエリック・クラプトン入魂のブルーズ・ギターが聴ける。

中は、エリック・クラプトンが抜けた(で、クリームを結成)後に入ったピーター・グリーンのギターが素晴らしい。

右は、ピーター・グリーンに代わって入ったミック・テイラーのブルーズプレイをたっぷり聴ける。ミック・テイラーはこの後、ローリング・ストーンズに入るわけだから、ジョン・メイオールが名伯楽だったことがわかる。

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頼まれごと

ある方から頼まれごとがあった。手一杯なので、とお断りした。

そもそも、人にものを頼むときに謝礼のことをいっさい口にしないのは悪い慣習だ。つまり、私は謝礼を聞かずに断ったわけで、もしかすると、案外、いい稼ぎになっていたのかもしれない。
ま、しかし、たいていの場合は、私が無報酬で何でも引き受けるという「悪い噂」を耳にしてのことだ。確かにその噂は事実でもあって、私はよほどのことがないかぎり、依頼されたことは引き受け、真面目に対応してきた。しかし、自分の時間がほしくなってきたから(これは切実な問題だ)、もう何でも引き受けるということはない。

このあいだは「企画会議に出てくれ」という依頼もあった。それこそ一番肝心な部分なのだから一番お金をかけるべきところなのに「予算がないから、純さん頼み」という。これも、もちろん断った。私の身にもなってもらいたい。

以前はなかなか断れなかったが、このごろは断る勇気が出てきた。

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ルネサンスの勉強

会田雄次史観によるルネサンス講義。もとより主観の入らない「歴史」などありえないわけで、結局は読み手がどの主観を選ぶかということになるのだろう。その意味で私は会田節を大いに楽しんだ。
なにしろ歴史音痴なものだから、この本を読むまで、当時の芸術家らが自ら『ルネサンス』を主張していたことを知らなかった。というのも、バロックにしろ、ロマン派にしろ、後世の研究家が勝手にそう呼んでいるにすぎいのだ。
つまり、たとえばバッハに「あなたはバロック音楽の巨匠だ」と言っても、バッハは「はあん、いったい何のことだね?」と不思議がるだけだが、ルネサンスの場合、ダンテやミケランジェロに「あなたはルネサンスを牽引なさった」と言えば、「そのとおり」とお答えになるだろう。
本書ではルネサンスのみならず、私自身は予定していなかった宗教改革まで学ぶことになった。
最小限ながら図版を掲載しているのは良心的。こういう本で歴史を学びたかった(十代の知性では理解できなかったか…)。

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目眩

ちょっと目眩がするので、たぐち脳神経外科クリニックへ。結果は「良性発作性頭位性めまい症」といって、要するに大したことではないらしい。
MRI(脳の輪切り画像)のコピーをもらってきた。出来のいい脳とはいえないが、「56歳にしては血管も立派」とお墨付きをいただいた。「疲労ですね」とも。病院へかかるたびに「休みなさい」と言われる。そんなわけで今日はサボール。


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石神の丘から

クラシック音楽、はじめの一歩講座〔第2回〕終了。
客席に鈴木理恵さん(ウィーン在住のピアニスト)のお母上(元音楽教師)がいらしていたのを見て、冷や汗をかきながら講座を終えた。
小雪舞う窓外を見ながら第九の第四楽章を聴いていたら、講座を忘れて、ジワ~ンとなった。

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岩手銀河鉄道で盛岡に帰る。ちょうどよく「でんでんむし」号に乗れて俺っ家へ急行。IMACC忘年会。久々に飲みすぎた。

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サボール月間

今月はサボール月間。というわけで、やらねばならぬことは山積しているが、明日できることは明日にまわし、夕方の打ち合わせまでサボール。
夜は岩手日英協会の総会&懇親会に初参加。会長の隣の席に坐ることになってしまった。ちなみに会長は南部利文氏(第46代の南部のお殿さま)だ。

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イギリスのスパークリングワイン、白ワインをいただく。意外にもおいしかった。温暖化の影響で、いいブドウが採れるようになったらしい。

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ブルーズロックを聴く

一昨年あたりから、30数年ぶりにホワイトブルーズ(ブルーズロック)に再びハマっている(ギブソン・レスポールを入手したのもその流れだ)。

クリスティン・パーフェクトのヴォーカルとスタン・ウェッブのギターを存分に味わえるチキンシャック、ホライゾン時代のボックスセット。クリスティンは後にフリーとウッド・マックに入り、スティーヴィー・ニックスの陰に隠れてしまうが、本当にいい声だ。


ゲイリー・ムーア亡き後、ブルーズロックを支えているキム・シモンズ。まだ活動をつづけているサヴォイ・ブラウンのボックスセット。
そして、私の先生ピーター・グリーンのボックスセット。フリートウッドマック時代とソロ・アルバムから収められている。エリック・クラプトンが「ピーター・グリーンのように弾けたら……」と憧れたギタリストなのに、あまり知られていない。

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眼球の激痛

金曜日の夕方(ゲネフロの日)、目に鋭い痛みが走った。ほんの一瞬の痛みとはいえ、飛び上がるほど痛かった。
眼科でみてもらったところ、異常はなかった(ついでに緑内障などの検査もしてもらい、異常なし)。
目の疲労からくる神経痛だという。岩手山を眺めて目を休めよう。


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『街もりおか』12月号出来!

『街もりおか』12月号出来。盛岡を愛する人による盛岡を愛する人のための小さな本です。どうぞ会員店でお手にとってご覧ください。


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『狙撃』と『弾痕』を観た

友人が『狙撃』と『弾痕』のDVDを貸してくれた。貪るように観た。

まず、『狙撃』を観てのメモ。
・トヨタ2000GTが美しい。クラッシュするトヨタ2000GTはダミー。
・当時、加山雄三は若大将シリーズで人気絶頂だった。その加山雄三がニヒルな殺し屋をみごとに演じてハマっている。
浅丘ルリ子は日活で裕次郎映画にも小林旭の映画にも出ていたし、この当時はNHKの大河ドラマにも出ていた。
・浅丘ルリ子初の濡れ場か(一部、吹き替えのようだ)。衣装は紫基調(本人は紫が嫌いだった)。
森雅之がカッコいい(有島武郎の息子)。セリフがない。
・アメリカで評判がよかった(ロサンゼルス・タイムスで「『ブリット』と並ぶ傑作と褒められた。吹き替えがよかったらしい)。
・昭和30年代初頭、本物の拳銃を警察立ち会いのもとで撮影に使っていた。
・この時代にこれだけリアルな拳銃殺陣が撮影されていたことに驚いた(当時、21歳の国本圭一が担当)。スタームルガー、モーゼルをこの映画のためにつくった(オカケのインタビューから)。
・プロデューサーが銃をよく知っている方だった(オマケのインタビューから)。

つづけて『弾痕』を観てのメモ。
・若き日の太地喜和子のミニスカート姿を鑑賞できる。
森谷司郎監督は、『赤ひげ』で黒澤明の助監督。監督になってからは『日本沈没』、『八甲田山』などのヒット作があるが、53歳で亡くなった。
音楽は武満徹。谷川俊太郎作詩の「死んだ男の残したものは」が劇中歌で出てくる。新宿西口地下(?)で歌っているのは高石友也。
117クーペが突出して美しい。

 

こんな私好みの映画があることを知らなかった。己の不明をただただ恥じるばかりだ。

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昨日の岩手日報

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1面に盛岡文士劇初日の写真入り記事(「痛たっ!」という演技は脚本家の道又力さん)、その道又さんが編者をつとめた『芝居を愛した作家たち』の書評、道又さんの連載「文学の国いわて・・輝ける郷土の作家たち」と露出度が高かった。

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盛岡文士劇終了

無事に千秋楽を終えた。終わってみると、昨日の昼の回の出来が一番よかった(私は観客には気づかれない程度のミスをしたが)。そして、テレビで放送される夜の回の出来は今ひとつだったと思う。 

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今日は盛岡芸妓のとも千代さんの誕生日だったので、サプライズでお祝い。

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トンカツ弁当を食べた直後に、チラシ寿司の差し入れ。もちろん、いただきましたとも。ゴジバのチョコレートや饅頭、ダンゴ、江差リンゴなど楽屋にいる間は何か食べつづけていた。太ったに違いない。

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