よみがえる江戸城
録画しておいた『よみがえる江戸城』を少し見た。大広間における徳川将軍との接見の場を説明するところで、伊達家、毛利家に続いて南部家が登場。
なんと外様大名の南部家は大広間には入れてもらえず、廊下で接見。なんという扱いだろう!
でも、鎌倉時代から幕府崩壊まで同じ領地だった大名は南部家と島津家(だったかな?)だけなのだ!
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コメント
外様の南部藩が同じ所領に存在できたのは、生き延びる知恵と忍耐があったからではないですか?
目立つ功績があれば、ライバル(諸藩)から脚をひっぱられる、実力がつけば上司(江戸幕府)から警戒される。冷遇されても耐える…。ひたすら耐えて、目立たぬよう力を温存。
現代のサラリーマンと重なるところがあります。
投稿: ユメタマ | 2014年1月11日 (土) 12時24分
ユメタマさん、どうも。
おっしゃるとおりだと思います。
投稿: 斎藤純 | 2014年1月11日 (土) 12時57分
そんな息苦しいのまっぴらごめん。
転職繰り返しても自分の好きなように生きる方が私の性には合ってます。
投稿: 梅子 | 2014年1月13日 (月) 21時33分
梅子さん、どうも。
ま、江戸時代の話ですから。江戸幕府が権威を見せつけるためのあれこれのひとつだったようです。
投稿: 斎藤純 | 2014年1月14日 (火) 05時34分