クロノス・カルテットを聴く

世界のジプシー(ロマ)音楽を、弦楽四重奏で演奏するという、いかにもクロノス・カルテットらしい一枚。

ライヴではPAを使うなど、クラシック界からは異端視されているが、本CDはオーソドックスなスタイルの演奏だ。ものすごいテクニシャンたちの集まりであることがわかる。

クロノス・カルテットを聴いていると、音楽体験の幅と奥行きがひろがっていく。

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弦楽四重奏とジャズの融合

弦楽四重奏といえば、「マニア好み」とか「地味」だとか言われがちで人気も今ひとつだが、クロノス・カルテットはクラシックの枠を超えた音楽で人気を集めている。
このアルバムではビル・エヴァンズ(ジャズ・ピアニスト)を弦楽四重奏で演奏している。ビル・エヴァンズと共演したジム・ホール(ギター)、エディ・ゴメス(ベース)も参加しているのがミソ。

klimt(アマゾンジャパンでは扱っていないようだ)も、ジャンルを大胆に跨いで、いいアルバムをつくっている弦楽四重奏団だ。

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ヒンデミット:弦楽四重奏曲全集を聴く

クラシックのジャンルのなかで私が最も好きなのは(前にも書いたような気がしますけど)弦楽四重奏だ。
ベートーヴェン、バルトーク、ショスタコーヴィチ、シェーンベルクをよく聴いているが、迂闊なことにヒンデミットの存在をなぜか忘れていた。
2159ttvehel_sl500_aa130_ あわてて入手し、聴いた。
これが、いい。今まで見逃していたことを後悔している。

バルトークやショスタコーヴィチが熱心に演奏されているのに、ヒンデミットはあまり演奏されることがないのはどうしてだろうか(CDは選択の余地がないほど少なく、国内版はない)。

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ヤコブ・リンドベルイのリュートをFMで

今日、午後7時30分からのNHK-FMベストオブクラシックはヤコブ・リンドベルイ演奏会だ(2007年3月2日 神奈川・フィリアホールでDAT収録)。リュートの演奏会は盛岡ではめったに開かれないので必聴。共演者もユニークだ。このプログラムならクラシックファンあるいは古楽ファンじゃなくても楽しめるだろう。

マンドリン&リュート:ヤコブ・リンドベルイ

弦楽四重奏:クァルテット・エクセルシオ(a)
四弦琵琶:フェイ・ジャンロン=費堅蓉(b)
ポジティフオルガン:今井奈緒子(c)

モーツァルト:ディヴェルティメント・ヘ長調(a)
リュウ・ホンジュン=劉宏軍:マンドリンと四弦琵琶のためのデュオ「ざくろの丘」(b)
アリゴーニ :マンドリン、ヴァイオリンと通奏低音のための協奏曲ハ長調(a,c)
ヴィヴァルディ:マンドリン、弦楽と通奏低音のための協奏曲RV425(a,c)
ダウランド:ジョン・スミス卿のアルメイン/いつもダウランド悲しむ/ミニャルダ/ エリザベス女王のガリアード/エセックス伯のガリアード/ファンタジア/ラクメリ(涙のパヴァーヌ)/タールトンの復活/ 靴屋の女房/レディー・クリフトンの心/ウィンター夫人のジャンプ/ 前奏曲/ファンタジア

この日、リンドベルイが後半のプログラムで使用したリュートは1590年ごろに制作されたアウグスブルグのSixtus Rauwolfで、現役のリュートとしては最古の楽器だという。これも興味深い。

追記:今、放送が終わりました。

やはり、ライヴはいいですね。緊張感や客席との呼吸のようなものが伝わってくる。

レコーディングならとりなおしたり、修正したりするような箇所もライヴではそのまま流れる。別に「キズ」を聴いて喜んでいるわけではなく、そういうところも含めて音楽だとぼくは思っているので。

アンコールにビートルズとスコット・ジョプリンのナンバーを演奏するあたり、いわゆる「オーセンティック」を標榜する一派とは一線を画していると思った。たぶん、現代で古楽を演奏する意味というものを、いろいろと考えているのだろう。

古楽の音楽放送はまだ少ないので、ベストオブクラシックにはこれからも大いに期待したい。

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室内楽の季節

52863610_225 岩手山が雪をかぶった。そして、今朝はきれいに晴れている(昨夜は星がきれいだった)。仕事が山積しているのでどこにも出かけられないのが悔しい。

NHK-FMベストオブクラシックのことを前に書いたが、午後2時からのミュージックプラザも、かなりの「通」が選曲しているので、とても聴き応えがある。 今朝(昨日9日分の再放送)は、ドビュッシーの「フルート、ヴィオラとハープのためのソナタ」とフランクの「弦楽四重奏ニ長調」をエアチェック(死語!)した。

前者はトビュッシー最晩年の作品。ベルリンフィルのウォルフガンク・シュルツ(首席ヴィオラ奏者)が入っているウィーン・ベルリン・アンサンブル(ウィーン・フィルとベルリン・フィルの首席奏者による室内楽団)の演奏。 ラジオから流れてくるヴィオラを聴いて、「おや、これは誰だろう」と思うとシュルツだったことが何度もある。昨日の午後、仕事をしながらこの番組を聴いていたときも「このチェロみたいな響きを出すヴィオリストは、もしかするとシュルツでは」と思ったら、そうだった。  

で、昨日は途中から聴いたので、今朝ちゃんと録音(エアチェックね)した。 この一風変わった編成は、しかし、定番になりつつあり、武満徹もこの編成による曲を書いている(名作です!)。

後者はフランクの最後の作品。録音が少なく、演奏会でもなかなか聴く機会がない。45分近いこの大曲は、漢字で大浪漫主義とあらわすのがわかりやすいかも。日本でも1960年代くらいまでは弦楽四重奏の傑作扱いを受けていたらしい。  

番組で使用したジュリアード弦楽四重奏団のCDはスメタナの「わが生涯より」(この曲はたくさんCDが出ていて不自由しない)とのカップリングで、実は私も持っていたはずなのに行方不明中なので助かった。

(番組では他にラフマニノフの交響曲3番がかかった。選曲家は、つまり、作曲家の最晩年の作品、あるいは最後の作品を選んだわけだ。ブラームス最晩年のクラリネット/ヴィオラ・ソナタという名曲を私は思いだした。)

晩秋から冬にかけて、私はこういう室内楽が聴きたくなる。 今日はこのMDを繰り返し聴きながら仕事をしよう。

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ときにはバッハなど

『フーガの技法』/ジュリアード弦楽四重奏団を聴く

 『フーガの技法』は諸説あるらしいけれど、バッハ晩年の未完成の作品ということになっている。 20世紀に入るまでは、「技巧」のみに徹した「中身のない音楽」などともいわれていたそうです。重要視されるようになったのは、音楽学者と演奏家による再評価(再発見)のたまもの。おかげで私たちはこの素晴らしい作品をさまざまな演奏で聴くことができる。

 四声で書かれている作品なので「弦楽四重奏による演奏こそ相応しい」と私のような素人は思ってしまいますが、バッハの時代に「弦楽四重奏」という演奏形態はなかった(近いものではトリオ・ソナタがあるが)。 だから、がちがちのバッハ学者や古楽信奉者はこのCDを当然、認めないでしょう。

 そもそも残されている写譜に「楽器の指定」がないことが混乱の原因なのだが、「バッハはチェンバロによる演奏を想定していた」というのが定説となっている。私は単なるリスナーなので、学問的な聴き方に縛られる必要がない。その特権で、弦楽四重奏による『フーガの技法』を愛聴している。

img   第一ヴァイオリンにロバート・マンがいたころのジュリアード弦楽四重奏団によるこの演奏は、ゆっくりめのテンポとあいまって、ロマン派的なバッハ解釈といっていいかもしれない。 「技巧」のみの音楽どころか、人間の生の哀しみや、人生をしめくくるに際しての達観、諦念が感じられる名作であることをこの演奏は教えてくれる(バッハをそのように聴くこともロマン派的にすぎるのかもしれませんが)。

 教会で演奏するための作品(宗教音楽)ではないので、世俗音楽と分類されるが、こんなに深遠かつ崇高な世俗音楽も他にあるまい。 聖書を直接の下敷きにしていないものの、バッハの宗教心・宗教的精神が生んだ作品だと思う。

 うちのCDラックには古典四重奏団や、この曲をライフワークにしているケラー四重奏団による演奏がある。確かエマーソン弦楽四重奏団も録音しているが、私は持っていない(ほしいんですが)。

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