『河鍋暁斎』を読む

明治のお雇い外国人コンドル(上野博物館、鹿鳴館、ニコライ堂、旧岩崎邸などを設計、岩手銀行や東京駅舎を設計した辰野金吾らを育てた)が、河鍋暁斎の弟子だったことをこの本で知った。

英国人が書いたのだから、オリエンタリズムに満ちているのだろうと思いきや、まったくそうではない。
東洋的神秘(という言い方がオリエンタリズムという気がしないでもないけど)を西洋的合理主義で記録した本書は、河鍋暁斎のみならず、日本画を制作したり、鑑賞したりするうえで大いに役立つ。

お雇い外国人の多くがサッサと日本を引き上げたのに対して、コンドルは没するまで日本に居座った。そして、洋風建築ばかりか、こんな素晴らしい本まで残してくれた。感謝してもしきれない。

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雪舟とセザンヌ

 今年は雪舟(1420-1506)の没後500年なんですね。
 1月9日のブログにセザンヌ没後100年と書いた。雪舟もセザンヌと同様にぼくは好きだ。
4  これは雪舟の『破墨山水』の下の部分(上の部分には「賛」が書いてある)。破墨というのは水墨画の技法のひとつだが、この作品は破墨法ではなく、没骨法で描かれている。タイトルを付けた後世の人が間違ったらしい(雪舟がこのタイトルを付けたわけではない)。

5 で、これも一見、水墨画風ですが、実はセザンヌの水彩画を白黒に転換したもの。何となく雰囲気が雪舟っぽいでしょう。
  セザンヌが雪舟を知っていたかどうか、ぼくは知りません。「美を追及」した結果が時空を超えて、このようになっただけのことかもしれません。

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水墨画を描く

水彩画は大小の筆2本、鉛筆、透明水彩絵の具(3原色+α)、それに紙と水という僅かな道具で、風景と戯れることができる。これをさらにシンプルにしようとすると、当然、水墨画の領域に足を踏み込むことになる。

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中山道の馬籠宿。恵那山の美しい姿が見えるはずなのだが、あいにくの天気で頂上付近が雲に隠れている。空にちょっとだけ彩色をした。

これは、しかし、「モノクロで描いた風景画」にすぎず、私が理想としている水墨画には遠い。つまり、モノクロ写真の代用品のような絵を描いても仕方がないということだ。

北上高地の山100034_3943235643並みを筆ペンで描いた。水筆ペンも使って、墨の濃淡を出している。さらに、ペンで線を描いて仕上げた。理想とは異なる水墨画ではあるけれど、上の「馬籠宿」よりは気にいっている。

我々は普通、フルカラーで風景を見ている。だから、モノトーンによる風景は本来ありえない世界だ。ありえない世界を表現するのだから、水墨画は人間の心(精神)を通したものになる(実のところ、水墨画に限らず絵画というものは、すべてそうなんですが)。

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で、これは由利高原(秋田側)から見た鳥海山だ。だいぶ脚色が入っている。一気呵成に描いたもので、実はこれが今のところ理想に近い(もちろん、まだまだ遠いのだが)。

sesshu_6 最終的には左のような境地に達したいものである。ま、いかにも畏れ多いのだが、雪舟の「破墨山水図」(国宝)ですね。誰が付けた題名なのか(もちろん、雪舟自身の命名ではない)破墨というのは誤りだそうで、これは没骨画法なんだそうです。描線がなく、一気呵成に墨の濃淡だけで表現している。あたりまえですが、う~ん、凄い!

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