『YUKIKO』を観る

風のスタジオで『YUKIKO』を観る。東日本大震災後の陸前高田ジャズタイム・ジョニーを舞台にした力作。随所に前衛劇が顔をのぞかせ、いかにも坂田裕一さんらしかった。
http://www.ictnet.ne.jp/~arts/yukiko/ 

満員の客席には盛岡市演劇賞の審査員、岩手放送の大塚さん、江幡さん、盛岡文庫の栃内さん、東海林千秋さん、サツタさん、岩手日報学芸部長らがいらしていた。全4公演のうちのひとつにこれだけのメンツが来ているのだから、盛岡の芝居小屋は「特別な場」となっていることがわかる。

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おでってリージョナル劇場『わたしの盛岡』

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プラザおでって開館10周年記念
第10回おでってリージョナル劇場『わたしの盛岡』

原案:松本 源蔵
作:道又 力
演出:坂田 裕一

プラザおでってホール 2010年10月30日 午後6時開演

昭和15年から20年頃の盛岡が舞台。貧しいけれど愛情に包まれて育った主人公が肉親の死を契機として、一人前の大人になっていくまでの物語。
「街もりおか」に長年にわたって連載された松本源蔵氏原作のエッセイが題材の作品です。
盛岡にゆかりのある人物、歴史、風土などを題材にとりあげ、地域の持ち味を最大限に活かした作品を舞台化している「リージョナル劇場」。今回は市民エキストラも加わり全編にわたり盛岡弁がふんだんに盛り込まれています。

これはオール盛岡弁による演劇。以前、関東出身の某局アナウンサーが初めて観たときに「3分の1くらいしかわからなかったが、ストーリーはだいだい理解できた」と言っていた。
字幕が出るわけでもないので、「盛岡の人にわかればいい」と割り切っている。
こういう演劇が10回もつづいていて、しかも毎回満員というのが凄い。今回も全3公演が満員だった。

今回は盛岡のアマ演劇団員のベテランが勢揃いしていて、実に贅沢な気分になった。プロの役者と違って、みなさん仕事をお持ちだから、スケジュールの調整も大変だったろう。もちろん、スタッフもそうだ。
みんなで力を合わせた成果は上々だった。
脚本の道又力さんは、近年、乗りに乗っている。今回の本も原作をよく理解したうえで道又流のものになっていた。
坂田裕一さんの演出も奇をてらわず、正統すぎるほど正統。配役の妙とあいまって、実にいい舞台だった。

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盛岡文士劇の稽古が始まりました。

盛岡文士劇の稽古が昨日から始まった。

今年の演し物は『鞍馬天狗』。鞍馬天狗はもちろん高橋克彦さん。杉作は盛岡文士劇史上、数々の名ポスターを制作してくださったグラフィックデザイナーの山崎文子さん。新撰組局長の近藤勇に谷藤盛岡市長(昨年は県道五段の腕前をご披露いただける場面がなかったが、今回は--)、同副局長に北上秋彦さん。それに、岩手放送の瀬谷佳子アナウンサー、奥村奈緒美アナウンサー、NHKの飯塚洋介アナウンサーらが出演する。
何と飯塚アナは子供のころに劇団ひまわりに在籍していて、『はぐれ刑事純情派』などに子役で出ていたという本格派だから心強い。

私の役は勤皇の志士、桂小五郎だ。
演出家の浅沼久さんが「この役は善玉の二枚目です」とおっしゃるので、「それなら地でいける」と応じたところ、出演者全員から大顰蹙を買ってしまった。アハハ

実はすでに先週から稽古は始まっていたのだが、私はみちのく国際ミステリー映画祭のゲスト兼裏方として忙殺されていたため、昨日が初参加。まだ台本を手にしての「読み稽古」の段階なのに、北上秋彦さんはもう半分以上のセリフを暗記されていた。私は「本番に間に合えばいい」といつも覚えるのが一番遅いのだが、今から覚えても逆に本番までに忘れてしまうアル中ハイマー進行中というのが本当の事情だ(トホホ)。

昨年のような派手さはないものの、脚本が愉快なので芝居として大いに楽しんでいただけるものになると思う。

公演は12月3日、4日。ただ、あいにくチケットはすでに売り切れてしまったという。出演者である私たちでさえチケットを入手できないのだから、いや恐ろしい人気ぶりですなあ(なぜか不思議だが)。

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「和賀川学校」のち「12人の怒れる男」

■沢内村で「沢内和賀川学校」というシンポジウムにパネラーとして参加してきた。地域の財産である和賀川の魅力と、これからの活用のあり方について、鍔山英次氏(写真家)、村田久氏(釣り名人)という大御所の隅っこでアレコレ語ってくる。

この模様は10/15(土)午前9時25分からテレビ岩手「土曜、どこか行こうヨ!」のなかで紹介されるとのこと。

今春急逝された加藤昭男沢内村長は、私が卒業した城南小学校の担任の先生だった。今日の会場に未亡人がおみえになられていたが、言葉に詰まってろくにお悔やみの言葉も言えなかった。
その後を継いだ高橋村長は何と「わたし、高橋克彦のいとこです」とのこと。私は克彦さんの一番弟子だから、沢内村とは何かと縁があるようだ。

沢内村は来月、湯田町と合併して、西和賀町が誕生する。

■速攻で盛岡に帰り、プラザおでってメインホールでミステリー劇『12人の怒れる男』のゲネプロ(ゲネラルプローベ=最終総合練習)を観る。
これは第9回みちのく国際ミステリー映画祭恒例のプレイベントだ。

映画は演劇、美術、音楽などの総合芸術だ。だから、この映画祭では演劇とライヴにも力を入れている。他に類をみない企画といっていい。盛岡は音楽、演劇ともにレベルが高いのでこの企画が実現できた。

44031987_121 『12人の怒れる男』はシドニー・ルメット監督、ヘンリー・フォンダ主演の社会派映画の名作だが、実は演劇の映画化ではなく、映画が後に演劇化された(これは普通と順序が逆で、たいていは5年前に上演した『暗くなるまで待って』のように演劇で当たったものがを映画化される)。
盛岡版では陪審員を9人(日本で行なわれる陪審員制が9人なので)にし、オリジナルは男性だけだが、女性を加えて今日性を高めた。

出来はひじょうによかった。9人の個性が際立っていたのは、演出家浅沼久氏の手腕だろう。それに応えたキャストも素晴らしい。ことにオンシアター自在社の福地智恵子さんの役(映画ではヘンリー・フォンダが演じた)は、実直さと芯に秘めた正義感を求められる。これは癖のある悪役よりもずっと難しい役だが、さすがに演技派だけのことはある。みごとに演じきっていて、説得力があった(福地さんは2003年のミステリー劇『情婦』でもマレーネ・ディートリッヒ顔負けの凄い演技で観客を魅了している)。

緊張感のある推理劇を堪能した。
付け加えておくと、出演者はアマ劇団員と一般の方、アナウンサーである。

本番は明日。

■それにしても、「12人の怒れる男」や「スミス、都へ行く」などを、今、 藪大統領を含む多くのアメリカ人に観てもらいたいものだ。

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